2019年度 学校通信「藤棚」

左上のアイコンをクリ ックして、メニューを表示させてご覧ください。

2019(令和元)年5月 369号
日本は大国であるとの自覚にたって 大型のリーダーに育とう

 学校が発行する各種の文書は、生徒諸君に向けて書かれているスタイルをとりながら、実は、保護者の皆様にもぜひお読みいただきたいのである。だから、諸君が読み終わったら、必ず保護者の皆様にお渡し願いたい。よろしくお願いする。
 日本の領土は必ずしも大きくはないが、その支配領域は極めて巨大なものである。
 日本には6000の島がある。例えば、尖閣諸島は、紛れもなく日本固有の領土であるが、1980年代に国連の調査で、あの海域に莫大な量の石油が埋蔵されていることが分かった。その埋蔵量は、イラクのそれに匹敵するというのだから凄いものである。今日、中国が、あの領土、領域に領有権を主張しているが、これが、国際社会の現実だと言えるのかもしれない。ここに、石油の消費国から産油国に転ずる可能性を、日本が有しているという事実を、確認しなくてはならない。
 白人列強の、帝国主義的領土拡張政策の中で、世界各地、特にアフリカなどはずたずたに引き裂かれたのであるが、まことに悲しいことである。
 領土は大雑把に言って、海岸線から12海里が領海である。1海里は1.852キロメートルだから、12海里は、22.224キロメートルとなる。この範囲は、領海だから、まぁ日本の領土そのものと同じだ、と言って良いだろう。さらにその上に、排他的経済水域というものがある。これも、大雑把に言えば、海岸線から200海里以内が排他的経済水域ということになる。ほぼ370.4キロメートルとなる。
 この領海、および排他的経済水域においては、水産資源、海底の埋蔵資源等、全てが日本に帰属するということになる。莫大な資源産出の可能性がここに潜んでいる。
 「なんだ、海底や水産資源か」と、諸君は思うかもしれないが、実はこの水産資源、海底資源が国家に莫大な利益を供給する可能性があるのだ。
 この領海および排他的経済水域を合わせた面積は、日本は世界第6位である。まさに大国であると呼ぶのに相応しい。
 諸君は、海や海底の持つ可能性を忘れがちであるのかもしれないが、今や世界においてはこの海や海底が、大きな関心の対象となっているのである。
 マンガン団塊というものがある。日本周辺の深海底に莫大に存在するジャガイモ状の、「石ころ」である。
 このマンガン団塊はどうして形成されたのか未だ解明されていないが、ジャガイモ状のマンガン、鉄、銅、ニッケル等の金属を多量に含む塊である。ただし、深海底に存在するので、今すぐに取り出すというわけにはいかない。
 これも日本の海域に多量に存在することが確実なのだが、メタンハイドレートというものがある。深海底に潜むメタンガスのシャーベット状のエネルギー源である。これも、現在の世界の科学技術では、直ちに取り出すということが出来ない。
 諸君は、日本が深海に潜水する技術において、世界有数であるということを、ご存じだろうか。
 実は、その背後には、このような海底資源に対する、我が国家の偉大なる関心が存在しているのだと、私は考えている。
 技術の進歩に伴って、これらを安全、確実に取り出すことが出来るようになれば、それが我が国にどれほど大きな利益をもたらす可能性があるかということは、計り知れない。海底の話ばかりが続いてしまった。
 小笠原諸島の最南端、南鳥島には、莫大な量の「レアアース」が存在することが明らかになった。私の知る限りでは、レアアースは自動車生産になくてはならないものだそうだが、かつてそれは、中国のみに産出すると言われた。中国はなかなか「シッカリした」国なので、レアアースの値段を極めて高価につり上げた。そのとき私は、なんとも暗い気持ちになったものである。南鳥島にレアアースが産出するようになって、本当にうれしい。島が、どれほど大切なものか、諸君も分かってくれるだろう。
 地球上の海は、陸の二倍半ある。地上に比べて、埋蔵されている資源、算出方法等、まだまだ十分に発達してはいない。したがって、世界の大国は、資源の探索を求めて、陸から海に目を転じつつあるのではないかと、私は考える。こういう言葉を用いるのは我が国で私一人だけだが、私は、列強のこのような海に関する関心の拡大を「海洋帝国主義」と呼ぶことにしている。
 洋上に点在する6000の島々は、将来日本の生命線となることは間違いない。外国の侵略から、この6000の島々を守ることは容易ではない。領土、領海、排他的経済水域を守るためには、日本の場合、少なくとも2隻の航空母艦を保有することが肝要かと思われる。
 平和的目的、防衛的目的に局限された航空母艦の保有をも、「軍国主義」だと捨て呼ぶ人々が、今もこの日本には少なくない。その気持ちもよく分かる。何しろ、日本は第二次大戦の主役だったからなぁ。
 しかし私は、「では君たちは、いわゆる純粋に平和的手段のみによってこの6000の島々を守り続けることが、可能だと、本当に考えているのか」と、お尋ねしたいと思う。 このような世界第6位の領土、領海、排他的経済水域を守り続ける上で、その法的位置づけを、深く考え、日本の国際平和主義を守り続ける法律論、政治論はいかにあるべきかと言うことは、諸君に考えてもらいたい。
 諸君の、活動すべき分野は数知れずある。法律論、政治論、医学論にとどまらず科学全般、宇宙論等、解明すべきテーマは果てしなく多い。若い諸君でなければ、研究、推進していくことが出来ない諸問題である。偉大なるリーダーとして育ってくれ。

         

平成31年4月 368号
語尾上げ言葉 語尾伸ばし言葉の低劣

 昔、問答式授業の天才がいた。小学校高等科二年(現、中学二年)しか出ていないのに、その国語の授業は見事なものであったらしい。私は、十八歳で、中学校の英語教師になったのだが、その時の校長、教頭は、彼の授業を参観したことがあるとのことであった。授業の見事さに、高等師範や京大の教授までが弟子入りしたと言うから凄い。
 もっとも、この点は、弟子入りした学者達も凄かったと思う。そのあたりに、我が国初等教育が世界に伍して後れを取らない背景も存在していると思う。
 しかし、この「問答式授業」は、うまく行かなかった。第一、六年生を過ぎると、生徒は沈黙しがちになる。中学生、高校生と、発育するに伴って一層顕著である。私は、芦田恵之助の存在は、その偉大さと共に我が国教育に弊害をもたらしたと考えている。
 子供が、授業の中で積極的に意見を述べたがるのは、小学校四年までである。五年生になると、ぐっと発言しなくなる。社会性の芽生えでもあるのだろう。
 だが、日本の初等教育では、無理矢理にでも発言中心の授業を展開しようとする。だから、研究授業などでは、「台本に基づいて」「見せる授業」を行う場合が少なくない。そのイニシアティブを取っているのは、若しかすると指導主事であるかも知れない。
 「見せる授業」では、兎にも角にも発言の存在することが重視されるから、「ダカラー」、「モモタロウサンハー」などと、伸ばし言葉が、ふんだんに用いられるようになったのである。
 学生運動が衰退していった時期のリーダーは、以前と比べると、質が落ちて行った。「ワレワレハー、アメリカテイコクシュギシャノー アクシツナインボーニタイシテー ダンコトシテー」と言った調子である。その演説は、聞いていて、こちらが恥ずかしくなるほど下手だった。
 その頃からであろうか。一般の会話でも、語尾を伸ばしたり、語尾を上げたりする会話が目立つようになった。「語尾上げ言葉は、人々が自信を失っていく傾向と無縁ではなかったようである。意見を述べている筈なのに、語尾を上げて、相手にその正しいか否かを教えて貰おうとするかのような物の言い方をするのである。
  この頃では、テレビに登場するようなタレントにさえ、この語尾上げ言葉が用いられるようになった。流石にNHKのアナウンサーに、この種の傾向は絶対にない。もともと優秀な連中である上に、NHK内部でも、徹底した指導が行われているのであろう。「さすが天下のNHK」である。
 高校生も、狭山ヶ丘クラスになると、この種の語尾上げ、語尾伸ばし言葉はない。電車の中などで、ふんだんに「語尾上げ 語尾伸ばし言葉」を用いる高校生集団に接触することがあるが、ほぼそれは、その高等学校の社会的ランクに直結しているように思われる。政治家にも、この語尾上げ、語尾伸ばし言葉はほとんど見られない。流石に、修羅場を生きぬいてきた男達、女達である。
 学者は必ずしもそうではない。もっとも、学者も、一流の学者には、この語尾上げ、語尾伸ばし言葉は、見られないようである。
 面接などで、この「語尾上げ」「語尾伸ばし」を用いれば、決して有利ではない。
 但し、この「語尾伸ばし言葉」は演説などをする上では有利である。「従ってー」などと、引き延ばしているうちに、次の言葉を思いつきやすいからである。
 長州人は、「あります言葉」を用いる。「そう思います」と言うよりは、「そう思うのであります」と言う方が、次の言葉を思い出すゆとりが生まれる。旧陸軍は、長州人の山県有朋が、全権力を掌握したので、陸軍全体に、この「あります言葉」を使用させた。当時、小学校でさえ、「ですます言葉」を用いれば怒鳴りつけられた位なのだから、「長州の横暴極まれり」と言うべきであろう。この種、長州の横暴は、無謀な戦争を始めた事に繋がっている。
 但し、「あります言葉」はなかなかに重宝である。私も、時折、これを用いる。
 早稲田大学の創立者大隈重信は、生徒諸君が考えている以上に偉大な政治家であった。福沢諭吉が、その「崇拝者」だったと言う事からも、推察することが出来る。
 彼は佐賀県人だから、あります言葉は用いない。演説もあまり上手ではない。しかし、あります言葉を用いるわけには行かない。そこで彼は、「アルンデアル言葉」を用いた。
 「我が輩は、そのように考えるんであるんである」と言った調子である。
 私は大隈が大好きだし、早稲田には十年間在籍した。大隈の銅像近くのベンチで彼を見上げると、「現代にも、こんな大きな政治家がいたらなあ」と、しみじみ思った。
 話が逸れたが、語尾伸ばし言葉、語尾上げ言葉は、何とかして乗り越えて行きたいものである。
 イギリスでは、下町の英語は、全くといって良いほど聞き取れない。ケンブリッジ大学の近くには沢山の書店がある。そこには学者諸君が集まっているが、その会話は驚くほど美しく分かりやすい。考えてみれば、これがイギリスの「階級社会」と言うものなのかなあと考えさせられたりする。
 生徒諸君も、自らの言葉に気品を保つということに、大きな関心を持ってもらいたい。語尾上げ、語尾伸ばしに、ジェスチャーを加えて面接試験に臨んだりしたら、それはもう、スタートから極めて不利だと覚悟しなければならない。
 気品とは静かさの別名だと私は思うが、我が国には存在しなかった語尾上げ、語尾伸ばし言葉の流行は、民族が自信を失い、相手に依存して日々を暮らすようになった事の象徴ではないだろうか。
 一流ホテルのレストランを訪れたとき、注意すると良い。声高に話す人、語尾上げ、語尾伸ばし言葉に出会うことは、極めて少ないのである。

         

平成31年4月 367号
平成31年度 中高合同入学式
校長式辞(要旨)

「ならぬ事はならぬものです」
白虎隊にも繋がる会津の教育理念
「ならぬ事か」どうかは、行為者自身が判断すべきものだというのが、戦後日本の思想
親が子を虐待死させる時代
虐待されている子供の訴えのコピーを、教育委員会の重い立場の人が、父親の犯人に渡す時代
男と女が成人したら結婚すべきだというこれまでの思想も、 「それは、本人自身が考え、決めるべきものだ」というのが、最近の傾向
男女の結婚離れ、独身主義が広まる中で、我が国の人口は著しく減少している
田園が滅び、都市のネオンのみが華やかなあかりを灯し続ける
大震災 大噴火 大津波 大規模原発事故等から都市を救えるのは田園のみ
離婚の激増 子供の孤立
親や祖父母を殺す傾向
政府は、家庭内における暴力行為も厳しく罰するという方向で、子供や女性を守ろうとしている
子供を虐待するなど、絶対に許せぬ暴虐
家庭内で女性を殴るなど、沙汰の限り
男は、自分より弱い者に、絶対に暴力を用いてはならぬ
だが、それは、これまでの法律でも厳しく禁じられていたもの
我々は、どこかで大きく間違っているのではないか
内部規範と外部規範の問題
私の意見では、規範(道徳)とは、成熟した世代の中で形成されそれが、未成熟の世代に持ちこまれるべきもの
他律規範
規範とは道徳と言い換えることも出来る
「良いか悪いか」、「それは皆さん自身で判断すべきもの」
自律規範
外国ではどうか キリスト教の世界では、大きな道徳規範は、 すべて聖書から生み出される
モーセの十戒 マタイ伝
イスラム世界では、すべてコーラン
日本だけが何故「自律規範」なのか
世界を植民地にしていた白人列強の、植民地支配に抵抗したアジア民族への恐怖
日本の文化、伝統をすべて否定しようとした
日本以外のどこに自律規範の国があるか 、 この際、考えてみることも大切
入学に当たり、読書、考察、論戦の重要性を深く考えて貰いたい

         
Index