平成29年9月 341号
朝鮮物語

 全員元気に新学期を迎えることができた。互いに、爽やかな、この再会を喜ぼう。
北朝鮮が「先軍」政治を唱えて暫く経つが、自ら軍事優先を唱えるのは、この国くらいのものかも知れない。軍は豊かな民に支えられて初めて、その存在を維持することができる。
 大東亜戦争の末期、陸軍が、私の家にスコップを借りに来た。父は、「軍が民間の家にスコップを借りに来るようになってはお仕舞いだ。この戦争は負けだな」と語り、警察に聞こえたら大変だと、家族を慌てさせた。軍人の数が異常に増え、予算が軍のため優先されるのが先軍政治だが、先軍の本質が、いかなるものか、当時の軍国少年であった私は、良く知っている。
 共産主義国家で、権力が三代にわたって世襲されるというのは異例だが、それだけに金一族は、クーデターを恐れているのである。ルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊し、裁判の名の下に、大統領夫妻が虐殺された。この事を、金一族は熟知している。この文脈で考えれば、北朝鮮問題は分かり易い。
 韓国(南朝鮮)と日本の仲も、難しくなってきている。昔、日本人が朝鮮人を虐待したというのである。朝鮮は日韓併合で、日本に組み入れられたのだが、その恨みが、しこりになっている。
 私は、中学一年生の時、悪戯をしていて、当時希(け)有(う)だった、純白の背広の朝鮮人に、泥水を浴びせてしまった。「殺される」と思った。しかし、この方は、余程の人物だったのであろう。叱っただけで許してくれた。おそらく名のある方だったのであろう。今も、お名前を知りたいと思うが、分からない。
 戦時の朝鮮人を、日本人が虐めたという。そんなことも、あったのかも知れない。しかし私は、偉大な朝鮮人しか知らない。北海道滝川町でサイさんという朝鮮人の友だちがいた。彼は、むしろ私を馬鹿にしていた。古物商のお父さんは金持ちであった。赤平市に、有名な雑貨店があり、奥さんは日本人だったが、みんな主である彼を尊敬していた。
 戦争中、食糧難で、「石山」と言う山に畑を作り、ジャガイモを植えた。ここの地主が朝鮮人であった。「来年は貸さない」と言い、父と争いになった。頼み込む父の姿勢は、いささか卑屈であり、愉快ではなかった。しかし、父は少しく卑屈であったが、地主の朝鮮人の態度は、おおらかで威厳があった。私は、そのような朝鮮人ばかりを見ていた。「朝鮮人は賢く金持ち」というのが私の印象であった。
 米国、韓国が共同軍事演習を行うからミサイル開発を止められないというのは、少し違う。私が高校二年生の時に、北朝鮮は国境を破って、突如軍事侵入した。ソビエトロシアのスターリンの命令である。それは今、電報の存在、その他で証明されている。突然の侵入だったから、韓国軍も国連軍も敗退し、釜山まで追い詰められた。日本海に追い落とされる寸前であった。
 敗色濃い中で、マッカーサー国連軍司令官は、仁川に奇襲上陸した。形成が一転し、共産軍の敗北が確定的になったとき、今度は、革命間もない中国共産軍が、「義勇軍」として、大規模軍団で参戦した。人海戦術と言って、重機関銃の一斉射撃の前に、何千人が倒されようと、波のように進撃し続けた。まことに非人間的戦闘スタイルであった。
 一説によると、革命直後、蒋介石は国府軍を率いて台湾に逃亡したが、その残党は莫大に大陸に残った。朝鮮に動員されたのは、そのメンバーだったとも伝えられる。
 七年ほど前、38度線の南北休戦ラインを訪れ、休戦会談の建物にも入ったことがある。南北それぞれの兵士が、建物内の「休戦ライン」を守っていた。北の、感じの良い兵士と写真も撮った。学園祭に貼り出そうかしら。
 38度線の、南側の山は青々している。北は、線を引いたように禿げ山だ。木材を燃料に使ったりしたためである。だから干ばつになるし、水害にもなる。こんな中で、先軍政治をやったら、大変な事になると思う。
 今は38度線に近づくことも危険だ。
 米韓軍事演習を、北の指導者は誹謗するが、このような歴史経過に照らして、北は、いつ一方的に攻め込んでくるか分からない。米韓軍事演習は、それに圧力をかけるためなのである。
 中国、当時の清国は、朝鮮を支配しようとした。朝鮮半島全体が清国領になったとすれば、それがどれほど危険かは、生徒諸君にも理解できよう。それを防がんとして、日清戦争が起きたのである。日本が圧勝した。ついでロシアが、朝鮮を支配しようとした。若しそれに成功していれば、今の独立国日本も存在したかどうか。それが日露戦争だったのである。
 日本海海戦で、ロシアの連合艦隊は全滅した。その日本側指揮官が、東郷平八郎であった。日本海海戦での日本の大勝を祝って、トルコのイスタンブールでは、提灯行列をやったという。提灯はどこで手に入れたのかな。それほどトルコ人は、ロシアを嫌い、日本贔屓だったのである。
 少し脱線したが、米韓合同演習には、そのような歴史的沿革が存在するのである。北の指導者が、激しい態度で、軍事挑発を行うかのごとき素振りを見せようとも、所詮、アメリカのような大国と、韓国のような富裕国家相手である。赤貧国が戦争など起こせる筈がない。
 しかし、一次大戦、二次大戦共に、起こる筈のないところで、大戦が起こった。何としても平和は守り抜かねばならぬ。
 今は、一国が突出すべき時代ではない。日本は世界の人々と手を取り合い、可能ならば、北の貧しい人々をも助けて、国際親善を深めていきたいものである。
 しかし甘くはない。中国は、我が領土、領海すれすれに爆撃機との編隊飛行を行い、我が国に対する軍事的恫喝を行っている。幼児の安全と女性の名誉を守ることは、若者と私のような老人の使命である。しっかり学び、しっかりした国家体制を築いていこう。学問はそのためにあるのだ。

平成29年7月 340号
我が身を守り 秋風の頃の再会を

 学問的に大成するかどうかは、自学自習の姿勢を確立できるかどうかにかかっている。高等部三年生の場合、この夏は、人生最大の勝負だと言える。ここで負けたら、その次の戦闘で失地を回復することは、相当に難しい。およそ戦いとは、いかなる場合も、自己内面に潜む弱さとの戦いである。特に三年生は、人生がかかっているのだから、意志強く、この夏を戦わなくてはならぬ。
 私の親友の伯父は、台湾知事まで上り詰めた人である。(当時台湾は、正当に日本領であった)この伯父が、高等文官の試験を受ける頃、流石に東京の夏は暑かった。私の友人の父、つまり「知事」の弟は、盥に入り勉強している兄に、冷水を掛け通したそうである。水を掛けながら「知事」(当時はただの書生だが)は、脇目もふらずに勉強したそうである。今はエアコンが普及している。軽井沢や志賀高原に行かずとも、電気的に暑さを克服することができる。勉強したくないなんて、よく言えるものだなと私は思う。この勉強には、諸君と、その将来の家族の運命もかかっている。頑張ってもらいたい。
 中等部、高等部、共に夏は危険が一杯だ。
 本校では、アルバイトを禁止している。特に女生徒が、どこかで働いたりする場合、「職場」には、絶対的指揮命令関係が存在する。それが、働いて金を貰うと言うことなのだ。本校がアルバイトを禁じているのには、過去の経験に基づく深い意味もある。保護者は、このあたりを、深く理解して貰いたい。
 安全に関しては、素性の知れぬ者と、ネットを通ずるなどして、絶対に交際を始めてはならぬ。素性定かならぬ者と付き合って、殺されたり、傷つけられたりするケースが、どれほど多いかを、聡明に把握しておかねばならぬ。
 夜の外出は特に危険である。私は日没以後の外出は極力控える。用心深さとは、それほどに大切なのである。
 夏だから海に行く機会もあるかも知れぬ。
 海は川と違って毒クラゲやサメが出没する危険もある。砂浜は、岸に近づくとかえって深いという場合もある。私は海好きだが、砂浜では泳がなかった。必ず岩浜で、常に距離を念頭に置いて泳いだものである。小樽の祝津海岸の水の美しさ、岩の上から見た底の深さなど、今も懐かしく思い出す。
 クラゲと言えば、海水浴中の人が、次々に激痛に襲われるので、「電気くらげ」と呼ばれるものが出没したこともある。湘南だったのではないだろうか。
 船釣りに出ていて、あまりに暑いので、衣服を脱ぎ捨て、跳び込もうとしていたら、船頭さんに、どやされた。その海域には、常に確実にサメが出没するのだそうである。
 離岸流というものがある。沖に向かって流れる速度の速い海流である。プールとは違う。大自然は、危険も又一杯に存在するのだということを忘れてはならぬ。  しかし、一番恐ろしいのは、交通事故だろうな。中には携帯をいじりながら運転していたという愚か者もいるのだから、「車は私を狙ってくる」くらいの用心深さで、道路を横切らなくてはならぬ。
 数は少ないのだが、世の中には犯罪者もいる。特に女生徒の場合、車の中に引きずり込まれたら、その瞬間に、車内は地獄と変わる。夜だけではない。怪しく近づいてくる車に対しては、逃げるなり叫ぶなり、110番するなり、賢く、徹底的に用心しなくてはならぬ。怪しげな裏道は避ける事だ。
やがて初秋の風が吹く。みんな揃って、元気に明るく再会しよう。

特に中学生に
 東大を突破する第一の道 それは活字に親しむことだ

 

 映像文化は、常にチャンネルを切り換えられることを恐れる。民放は、すべてコマーシャル代で支えられているのだから、切り換えられては大変である。だから、視聴者に媚びるし、難解な言葉は用いない。当然、お笑い芸人のような者を多用する。深い思想を開陳できる訳がない。
 NHKはそうではないが、国民から、受信料を強制徴収している関係で、民放に負けるわけにはいかない。だからNHKも、視聴率戦争に無関心ではいられないのである。
 質的に深い思想や見解は、どうしても難解になる。そこから、「易しいことは良いことだ」という思想が生まれてくる。
 映像文化のみに入り浸っている人々を、私は大衆と呼んで良いと思う。日本を支える最も大切な人々である。しかし、大衆では、東大に入ることはできない。東大は、意志強く学び、辛苦の思索に耐えられるリーダーを育てる場所だからである。
 だから、志ある中学生、国家のために身を呈して努力する意志のある高校生は、日々映像文化に明け暮れる大衆であってはならない。スマホを歩きながら、いじるような「大衆」「群衆」であってはならない。
 世の中で最も醜い若者、それは、歩きながらスマホに明け暮れている、疑似高校生である。醜いだけでなく危険だ。我々はすべて、夕暮れには、無事で元気で、家族の元に帰り着く責任を負っている。
 まして志ある若者、東大を目指す中学生、高校生は、スマホなどには目もくれず、生活の中で活字文化に浸る比重を高めなくてはならぬ。英語だけではない。数学だけではない。自らの日々に、活字文化の占める比率を高める事が、明日に結びついていくのだ。
 青春が重ねて回ってくることはない。自らに厳しく生きよ!

平成29年7月 339号
地球温暖化と縄文海進

 日本列島は、新潟県の辺りでぼきっと折れている。フォッサマグナと言われているものである。マグマの移動のためと言われるが、どうも私には納得できない。巨大な流星が北から飛んできて、列島をへしまげたような気がしてならないのである。多分、私が間違っているのであろう。諸君の中に、地質学者として大成する人が出たら、教えて欲しい。
 大量に翡翠が出土するのは、我が国では、この列島が折れ曲がっているフォッサマグナ、つまり新潟県糸魚川のあたりだけである。
 「なんでも鑑定団」で、どなたかが、糸魚川の辺りを歩いていて、半透明な綺麗な石を拾ったと言って鑑定に出した。長さ12センチくらいだったであろうか。本物の翡翠で、値は千万円くらいとの事であった。70キロほど南下した、信濃大町に私の山小屋があり、近いので、時折糸魚川を訪れるが、翡翠を見つけたことはない。
 青森県の三内丸山は、ほぼ五千年前の遺跡だが、ここでは、栗を栽培していたらしい。栗の花粉オパールが大量に発見されるので、植林の跡と判断されているのである。
 ハマグリの貝塚もあるが、貝殻の大きさが同じなので、これは、煮貝として、商品化されていたのではないかと判断されている。
 驚くのは、この遺跡から、翡翠が発見されることである。青森で翡翠が取れる筈はない。これは、糸魚川の辺りから持ちこまれた物なのであろう。
 五千年前、エジプト第一王朝の時代だ。既に縄文人は、糸魚川まで航海する技術を身につけていたと言う事なのである。
 今日、言いたいのは、その事ではない。どうして、あのように内陸深くにある三内丸山で、ハマグリが取れ、貝塚が存在するのかである。
 実は、今でこそ内陸深くにある三内丸山だが、五千年前には、海辺にあったのである。これが「縄文海進」と言われているものである。昔、三内丸山は海岸であった。つまり、当時の海の高さは、今に比べて遙かに高かったのである。
 海が今より陸に迫っていたということは、両極や高山の氷山、氷河が溶けていたと言う事である。つまり地球は温暖化していたのである。
 今日、温暖化の原因は、産業革命以来の二酸化炭素量増大による温室化現象の結果とされている。では、縄文時代の温暖化は、何がもたらしたものなのであろうか。
 若しかするとそれは、 太陽黒点の増減その他、宇宙的次元の問題であったのかも知れない。いずれにせよ、温室化現象が生まれる前に存在していた地球温暖化の問題を語らずに、すべてを温室化現象に帰責するのは少し早いのかも知れない。
 石原慎太郎を特に好きな訳ではないが、彼は、炭素排出量に厳しい政策をとって東京の空を綺麗にした。今日、彼の功績の一切が否定されがちであるが、空気浄化のための彼の努力と功績を忘れてはなるまい。
 それにしても、二酸化炭素以外の地球気温に寄せる様々な原因について、全く問題にされていないのはどうしてなのであろうか。
 マクロには、われわれの住む地球は、氷河期に向かっているとも言われる。これはどうも、学術的には確実とされているものであるらしい。
 私は、少年時代から、酸素が不足すると言うことを心配していた。石油タンクの火災とか、山火事などの報道に接して、酸素がなくなってしまうのではないかという事を心配したのである。
 温暖化だけでなく、大気の健全性を保つためにも、二酸化炭素の排出削減には、もっともっと留意しなくてはならぬ。二酸化炭素の大量排出国アメリカには、一層の政策的協力を望みたいところである。
 大国中国は、「一帯一路」などと、世界支配を目指しているのではないかという心配さえしたくなるほど、国威発揚に余念がないが、それより、自国首都並びに大都会でのPM2.5等の大気汚染の心配を、何とかして貰いたいものである。我が国博多の辺りまで、汚染の迷惑は及んでいるのだから、「習近平さん、よろしく頼むよ」と言いたいところである。
 それにしても、五千年前の時代に栗の植樹をしたり、ハマグリの煮貝を作って商品化していたとは凄い。それを新潟の糸魚川まで持って行き、交易していたらしいのだから、先人の偉大さには驚く。日本の先輩達が、どれほど偉大であったかを忘れてはなるまい。
 二酸化炭素排出の抑制と並んで配慮しなくてならないのは、森林の増大である。アマゾン流域の森林は、かって知られていたより、遙かに広大であることが最近分かったそうである。本当に喜ばしいことだ。
 もともと地球に酸素はなかった。炭酸ガスを吸収して、陽光の力でデンプンを作り出す、炭酸同化作用の中で、酸素は生み出された。山中を訪れ、森の中に入ると、心が休まるのは、もともと我々が緑の中で暮らしていた為であるが、酸素の豊かな山中で、呼吸が一層快適になる為でもあるのかも知れない。
 だから、緑を増やすことは決定的に重要だ。アマゾンばかりでなく、すべての国と地域で、緑を増大させることに留意しなくてはならぬ。砂漠の緑化は、成功すれば、世界全体を好ましい方向に変えていくかも知れない。
 諸君は若い。その能力的可能性も無限である。研究、努力に期待する。  法隆寺で塀が壊れた。千年経ったその支柱が転がっていたので、大工が、悪戯して鉋をかけた。数回削るとぷうんと、檜の香りがしたと言う。大工は、檜の生命力に、神秘さを感じたという。
 私に夢がある。学園のため、土地を手に入れて、そこを檜林にしたい。檜の育成には二百年かかる。檜林と学園、そのふたつを二百年守り育てて行って欲しい。その材木で、茶室を造ってもらえたらなあ。

平成29年5月 338号
北朝鮮の危険な動きについて

 核兵器が発達して、人類の存続が脅かされている。核兵器は、コストとしては最も安上がりな武器で、その作製方法も簡単になってきている。携帯型の核兵器が作られるのも、そう遠いことでもあるまい。人類は結局、科学の間違った使い方で滅亡するのではないか、そんな心配も、心をかすめる。
 北朝鮮の今の支配者の父、金正日と言ったが、彼は現実的思考ができる人間であった。王制国家は世襲であるが、北朝鮮は、この正日に続き、現在の権力者も、その地位を世襲で獲得した。1945年以降としては、若しかすると、世界唯一の新しい世襲国家であるかも知れない。
 金正日は、ルーマニヤのチャウシェスク政権の劇的崩壊、チャウシェスク大統領夫妻の、裁判とは名ばかりの虐殺の模様を、ニュースその他で見ていた筈だ。
 ルーマニヤは、「夢の都ブカレスト」などと宣伝されていたが、真相は、人権などかけらも存在しない独裁国家であった。体制が崩壊した後、大統領夫妻は裁判にかけられたが、どうもそれは、大統領夫妻と共に横暴の限りを尽くした幹部集団の「責任転嫁裁判」であったらしい。裁判もそこそこに、死刑が宣告され、三審制どころか、判決の直後に、虐殺的な状況で死刑が執行され、その惨めな写真が、全国に報道されたのである。
 「弱気になった独裁者」が、いかなる運命を辿るか、金正日は、その状況から多くの教訓をつかみ取ったのに違いない。
 そして今の金正恩氏は、「先軍制」の名の下に、徹底した独裁体制を実施している。何しろ、意見が合わなかったからなのかどうかは定かでないが、その肉親の叔父を処刑した。それも、高射砲で粉砕したというのだから、全国民が震え上がったことであろう。
 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、面積12万平方キロ 人口2258万の小国である。そんな小国で、軍隊を優先する体制を取れば、民衆の生活が苦しくなるのは避けられない。
 私は、六年前、朝鮮の北緯38度線、つまり南北の国境線を訪ねた事がある。板門店という休戦会談が行われた場所がある。建物の中に38度線の国境があり、南北それぞれの兵士が、建物内の国境を守っていた。北朝鮮の兵士も、まことに好感の持てる人物で、私は、その隣で写真も一緒に撮った。
 道をそれたら地雷原だと脅されてはいたが、まことに、のどかな、平和な光景であった。
 但し、38度線の北側は、ほとんどすべて禿げ山であった。南は青々としている。薪として、すべて燃料に使ってしまったのかも知れない。当然、洪水も起ころう。あの寒い地域で、二千万の国民を養うのは大変であろうと思う。おまけに、小国に不相応な軍隊を維持するのだから、それは本当に大変に違いない。
 もっとも、北朝鮮では、兵士は、農繁期には食糧生産に携わるというのだから、それなりに、生活を維持するために努力しているのではあろう。
 金正恩氏は、核兵器でアメリカや韓国、日本を壊滅させようとしているのではない。それはできない相談だし、それでは北朝鮮自身が、壊滅的崩壊を辿ることになる。
 彼が恐れているのは、北朝鮮の、体制そのものの崩壊である。きっと彼は、父金正日から、ルーマニヤの、劇的体制崩壊の話を充分に聞かされているのに違いない。
 彼がしきりに「話し合いたい」との姿勢を見せるのは、自分が支配する国家体制に関して、それを崩壊させることはないという、彼なりの「安全保障」を求めているからなのである。私はそう思う。
 トランプアメリカ大統領は、日本海に空母を遊弋(ゆうよく)させるなどの政策をとりつつあるが、これは、「鼻に目薬を入れる」ようなものだと私は思う。北朝鮮が、将来いかなる国家体制を取るかは、そこに生きる国民全体の問題、国民自身の問題であり、近隣大国、世界の大国は、それに対して、いささかも内政に干渉するものではない、この事を明らかにすることが、今一番大切なのである。
 日本海に大艦隊を派遣することは、ロシアや中華人民共和国(中共)にも危機感を与える。世界平和維持の観点からも、好ましくはない。
 もっとも、最近の中国には、19世紀の植民地獲得競争にも似た、大国主義的傾向が著しくなりつつある。最近の「一帯一路」にも、このような大国主義的膨張主義が感じられる。
 中国は社会主義国ではない。国内に、農村戸籍と都市戸籍の二種類が存在し、貧富格差も著しく増大しつつある。しかし、この国は社会主義国ではない。必ず新しい建設的方向を辿るであろう。しかし、当面この国の、膨張主義的傾向、軍事予算の急速拡大は、留まる気配がないから、我が国は聡明に、この強大隣国と、付き合っていく必要がある。
 ロシアも、今や完全に市場経済、つまり資本主義経済による国家であるから、我が国が協調できないわけではない。但し、地政学的に、北の寒い地域の国家は南進したいという、いわゆる「南下」への内的衝動を持っている。これは、必要最小限の自衛力を持ち、日ロ友好を深める中で、乗り越えて行かなければならない壁であろう。
 私は、学生時代に、金日成総合大学に来ないかと誘われたことがある。いい加減なものではなく、相当しっかりしたルートからの誘いであった。若い私は、行きたかった。しかし、当時の私の政治的立場もあり、それは実現しなかった。そんな経過もあり、私は、北朝鮮に強い反感を抱いている人間ではない。朝鮮全体が日本であったこともある。朝鮮人が、数々の点で優れた民族であることも私は知っている。
 今の北朝鮮を、どうにもならない悪質分子と見るのではなく、金正恩氏が、ひたすら、体制の崩壊を恐れているのだとすれば、北朝鮮とは、今とは別な付き合い方もあるのではないかと私は思うのである。 

平成29年5月 337号
自学自習の姿勢を、いかにして確立するか

 人間に生まれついての能力差はない。だが、努力した者としなかった者の違いは、君の人生に決定的な影響を及ぼす。
 大学の収容定員数が多すぎる。大卒に対する需要は、そんなに多くはないのだ。できれば、自分と同等、もしくは自分以上の人々で構成される集団に帰属したいものである。だが憶えておきたまえ。努力しなければ、君がこれまで経験したことのない低質な集団に帰属する可能性もあるのだ。普通の生活で、これまで経験したことのない、極めて水準の低い人々と、四年間、暮らさねばならなくなる可能性もある。幼稚園でも、小学校でも、勿論中学校、高等学校でも、経験したことのない低質な集団と共に生きねばならないのだ。人間は、別に優秀でなければならないわけではない。学力などなくとも、立派な人間はいくらもいる。学問がすべてではない。しかし、私立中学に学び、高等学校に学ぶ以上、大いに努力して、少しでも学習条件の良いところで学ぶ方が、君自身の人間的、学問的成長に資する事は、確実だ。
 自分の可能性に自信を持て。現在の学力に関係なく、君は確実に大成できる。
 大切なのは、自学自習の姿勢を確立する事だが、それも、割合簡単に取得できる。
 どうやって学ぶか。これが簡単ではない。矢張り、先輩や指導者、教師の助言が必要になるかも知れない。その点は、担任に相談するのが一番良い。校長室を訪れてくれても良い。自ら進んで、主体的、積極的に指導を求めることが大切だ。
 世界史の先生に教えられたが、世界史は、フランス革命以降から出題されるのが七割だそうである。日本史なら、関ヶ原の戦い以降ということになろうか。この範囲を、繰り返し繰り返し読み、かつ考えるのがよい。十回も読んだら、カードやサブノートにまとめて見るのも良いだろう。これは、中学一年生や、高校に入学した直後から積み上げて行くのが良い。世界史に関する面白そうな本を四、五冊買いためて、読んでみるのも良い。
 英語は大学入試の「二百三高地」である。でも、この克服は簡単だ。中学生にも関係があるから、しっかり読んで欲しい。
 高等学校のリーダーCROWNにはⅠ、Ⅱ、Ⅲの三冊がある。その中にⅠとⅡにはGrammarがある。だが、これがⅢにはないのだ。面白いね。つまりGrammarはⅠとⅡ、それぞれ10ページずつ、合計20ページで、英文法の基本的事項は尽くされてしまっているのだ。尽くされてしまっているからⅢには、これがない。ある意味でⅢは、「読み物」として構成されているとも言えるだろう。
 この20ページを、熟読、熟考、「眼光紙背に徹す」の構えで勉強すれば、英文法に分からないことはないことになる。私は、これをノートの左端に英文、右端に和文を書いて、暗誦すること、和文を見て英文を書き、和文を見て英文を朗唱することを繰り返せば、諸君の英語の底力は、ぐんと伸びると主張している。
 今ひとつ、センター試験も大学入試も、CROWNのⅠ、Ⅱさえ完璧にやれば、原理的には満点を獲得できる。入学試験でも、満点かどうかはともかく、確実に入試に合格できると確信している。
 中学生は、教科書を学ぶと共に、高校の分も先取りして学ぶと良い。
 余力があれば、中央図書館にも中学生専用図書館にも、比較的平易な英語の読み物が千冊以上用意されている。その中の、自分に相応しい物に目を通すと良い。電車の中で「原書」を読んでいたりしたら、かっこいいぞ。

科学的態度で健康を守れ
 肉 魚 野菜 果物を、バランス良く食べる事が大切だ。
 睡眠不足は万病の元、熟睡は日中の運動から生まれる。学校まで徒歩で通うというのは、何よりの健康法になる。
 風邪は万病の元、睡眠不足は風邪の最大の原因になる。
 部屋に陽光を導き込むことは何より大切。私は、寝室の窓は、必ずカーテンを開け、太陽が室内深くまで照らしてくれるよう努力している。校長室も同様だ。
 意外に忘れられやすいのは、湿度の維持である。状況によっては、加湿器を用いるのがよい。噴霧式の加湿器は駄目。カビが発生する。沸騰した湯気を吐き出すものが良い。私は、これを居間にも寝室にも用意し、メーターで、その日の湿度に神経質なくらい気を配っている。
 風呂上がりには、肘から先、膝から下に冷水をかける。私が風邪で寝込んだりしないのは、そのためもあるのではないだろうか。

知らない言葉に出会ったら辞書を引け
 語彙が貧困な者は尊敬されない。他人から侮られる。知らない言葉、不確かな言葉に出会ったら、必ず辞書を引け。今は、広辞苑をかついで歩かなければならない時代ではない。電子辞書には、広辞苑、英和辞典どころか、百科事典までついている。トラック一台分くらいの「文献」を、ポケットや鞄に忍ばせることができる時代なのだ。スマホなどで下らぬ遊びに時を費やしているときではない。寸暇を惜しめ。常に自らを向上させる姿勢を失うな。
 私の高校時代には、「自己完成」という言葉が、若者すべてに強く意識されていた。君も、自らを向上させることに、強い関心を持て。人生は短く、自らを完成させる道は遠い。限りある人生、決して長くはない青春だ。自らに厳しく学び続けよ。
 学習方法、読書方法については、いつでも私の所に相談に来て欲しい。

平成29年4月 336号
平成29年度入学式辞(要旨)

 入学おめでとう。
 高等部406人 中等部47人それぞれ難関を突破しての合格 入学を心から歓迎する。
 中等部は定数80人を下回る人数だが、今年は選考基準が六割を超えるという基準であったため、集まってくれた俊才の半数のみが合格できるという厳しい基準だったためである。
 高等部は、歴史と伝統が確立している中で、定数400を超える入学者となった。共に難関を突破してのご入学に心から敬意を表したい。中等部はこれからの六年間、高等部は大学入試を控えての三年間を、この学舎で過ごす事になる。人生で最も大切で思い出深い期間を、諸君と共に過ごす事ができる。我々教職員は、誇りと責任感を持って、諸君との学園生活を充実させて行きたいと思う。
 先ずスマホに支配されることのない学園生活を送って貰いたい。スマホのゲームに時を過ごすなどは論外である。スマホによる対話すら、極力、自粛して貰いたい。スマホの向こう側にいるのは、立派な人物であるとしても、ごく普通の人々である。教師と言えども、その例外ではない。
 活字を媒介として先哲と交われ。それが、入学劈頭、私が諸君に強くお願いしたいことである。
 読書とは、寂しい時に孤独を慰め、人生に迷ったときには、進むべき道をしっかりと示してくれるものだ。嫌になったらぱっと別れられるではないか。私が尊敬する菊池寛は、「文芸は、実人生の地理歴史」と語っている。生きる上で、最高の先生は活字なのだ。片々たる俗悪テレビなどに毒されてはならない。
 友情は美しいものではあるが、友情に頼り切ってはならぬ。深みのある孤独は、なまなかな友情に勝ると知れ。

 私は難関入試に合格して中学校に入学したとき、友人が一人もいなかった。校歌の一節に、「稲田につきの青き夕 友よ睦みて語らわん」という一節があった。夕方、二階の窓から外を見ながら、校歌を歌っていて、その一節まで来たときに、泣いていたものである。
 しかし、孤独を恐れるな。空に雲が流れ、風が木々の葉を揺すり、夜には天の川が広がる。人生は、それだけで生きるに値する。しかし、友は必ず現れるものである。友を獲得する上で一番大切なのは、自分以上に相手を大切にすること、もうひとつは、相手の求めや願いを受け入れられないときは、拒否の意思をはっきりと示すことである。寂しい時には教師を訪ねると良い。校長室にも来てくれると嬉しい。
 語学研修 修学旅行等で、外国に出ることも多い。イスラムゲリラの破壊活動が続き、高等部でも、フランス、イギリスへの旅行は難しくなった。安全なニュージーランド、ハワイ等を検討しているが、このような世界秩序の混乱は悲しいことである。
 しかし、恐れてはならない。諸君に確信を持って伝えておくが、ゲリラが正規軍に勝つ事は絶対にない。パレスティナ問題自身が、白人列強のエゴイズムから生まれたものなのであるが、これは入学後世界史の勉強で、しっかり研究して貰いたい。シリアのテロ集団は必ず覆滅するし、世界には再び安定した時代が戻ってくる。尖閣諸島に対する領土的野心を抱く近隣大国、朝鮮半島の軍事的圧力等も、世界の良識の中で必ず解決されるであろう。北方領土は千島樺太交換条約で獲得された日本固有の領土である。たとえ千年かかろうと、断じて取り返さなければならぬ。寸土を奪われて怒る事を知らぬ民族は、やがて本土をも失うのである。
 諸君は、将来確実に偉くなるであろうが、学問は己一人のためのものではない。その知性と力量は、国家、国民のために生かして行かなければならないのである。
 学校を休むな。朝起きて、「今日は行きたくないな」と思う日もあるかも知れぬが、それが、自己内面の弱さとの戦いである。怠け心を振り切って、学校へ向かわなければならぬ。三年間皆勤、六年間皆勤、これ以上に素晴らしい事は、世の中にはない。頑張ってくれ。
 本日のご来賓の皆様が、ご多忙の中式典に参加して下さった事を深く感謝申し上げる。
 保護者の皆様、お子様は確かにお預かりした。三年後、六年後に、見事に成長した姿でお返しすることをお約束する。
 学校は大組織であり、時にご迷惑をおかけすることもあるかも知れぬ。ご寛恕賜り、よろしくご協力下さる事をお願い申し上げる。
 また、五月頃になると思うが、PTA 後援会等の役員選出にも、よろしくご協力下さる事をお願い申し上げる。
 新入生諸君、自らに厳しく、己の可能性を最大限に活用するため、苦労を惜しまず闘い抜け。人間に生まれついての能力差などないのだ。

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