平成29年度 学校通信「藤棚」

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平成30年3月 351号 修了式特別号
ホーキング博士の死

 この方こそ、本当に天才と呼べる人だったと思う。重度の筋萎縮性側索硬化症(ALS)に悩まされながら、物理学者として、偉大な業績を残した。アインシュタインといい、ホーキング博士といい、天才としか言いようのない人々であった。
 天才とは何なのか、ショパンの事ひとつを考えても、人智では想像もつかない天才というものが、世には存在するらしい。若しかすると、そのような天才を世に送り出す、偉大な存在が、宇宙には存在しているのかも知れない。
 あの不自由な体で、僅か二本の指だけでボタン操作し、電子ボイスで講演したと言うから凄い。会う事は勿論叶わぬが、その講演の映像だけでも見ることができれば、どんなに素晴らしいだろう。
 ホーキング博士は、若しかすると、人間は死なないと考えていたかも知れない。いや、死そのものには直面するのだが、彼は、時間を不滅なものと認識していたのではないかと思うのである。
 人間は、オブラートより薄い、現在という一瞬の中でしか、自らの存在、外界の存在を認識することができない。人間は、あるかないかすら判然としない一瞬と、その連続の中でしか、生を貫くことができないのである。
 これを仏教では、「色即是空」と言う。色とは存在するという事、空とは存在しないという事である。ここに仏教の持つ理念的深さがある。
 ホーキング博士が、存在をどのように理解していたかは分からぬが、彼は人間の「現在認識」とは別に、存在が永続することを確信していたのではないだろうか。
 博士は死んだし、我々も彼に会うことはできない。だが、我々の一瞬の認識から博士が消えたと言っても、それは我々が「現在」として彼を認識できないだけであって、存在そのものは、これとは別に、滅びる事がないと、彼は考えていたのではないだろうか。
 彼に「紐(ひも)宇宙論」と言う理念がある。宇宙は、今の宇宙だけではなく、そこから紐のように無数に伸びる、別の宇宙につながっていると考えるのである。私には分からぬが、そのスケールの大きさは、現在という一瞬が滅びた後にも、存在は永遠に存在し続けて行くという理念につながっているのではないかと思う。それが、無数に、無限に広がる紐宇宙の中で、新しい存在となって果てしなく広がっていくという発想らしいのである。
 一辺が7キロメートルの立方体に、芥子粒を充たし、長寿の人が100年に一度来て、一粒ずつ取り出し、芥子粒が全部なくなってしまう長大な時間を指す。まあ、無限と言う事であろうか。
 要するに、百年も生きられぬ人間の短命さに比し、宇宙は無限に近いほど広く、存在時間も長く大きいと言うことであろう。
 ホーキング博士の存在論のスケールは、もっと大きい。彼は、不自由な体で生きながらも、この広大、長大な宇宙に生きる中で、人は結局永遠の命を獲得しているものだということを言いたかったのではないだろうか。
 今朝テレビで、高校生が踏みきりで自殺したらしいというニュースが流れた。勿体ないし、残念である。事情も分からずに論評はできないが、難病で死の苦しみに喘ぎながら、一瞬でも長く生きるための努力を重ねている人々に、恥ずかしい事だと思う。
 私は、人が「現在」を生き終わった後にも、過ぎた過去は存在し続けると考えているから、一層、この鉄道自殺したらしい高校生を惜しいと思う。人は最後まで生きぬく責任がある。ホーキング博士なら、このあたりを良く説明して下さるのではないか。
 ホーキング先生は、あの偉大な頭脳の中で、自らの死を微笑みつつ見つめていたと思う。絶望ではなく、新たな希望の中で、彼は自らの死に正対していたのではないだろうか。
 博士に関する、分かりやすい図書を、少し図書館に加えようと思う。

四月から図書館 自習室(三号館)は 夜も休日も開館する

 利用者が極端に少ない場合は、その休日当日の開館は止める事があるが、その場合も相当前に、予定を全校に表示する。できるだけ、「365日開館」を目指す。但しこれまで通り、学校が休みの日のバス送迎はない。為念。
 年間を通じて、固定席(指定席)は設けない。図書館、自習室とも、先着順利用とする。
 物を置いて座席を確保した場合は、その後の図書室利用は、暫時、禁止となる。この点は、特に注意して貰いたい。
 夜七時以降は、図書館、自習室とも、閉館時刻まで退席、中座を禁ずる。全校の「下校時刻規律」を守るためである。
 七時以降、トイレに行く場合は、監督教師の許可を求め、所用後、直ちに帰室し、監督教師に報告する。
 冬季には、安全のため、女子の下校時刻以降の利用は禁止する。明るいうちに帰宅し、自宅で勉強して貰いたい。
 繰り返すが、学校が休みである日は、バスによる送迎はない。
 学校としては、できるだけ多くの諸君が、図書館、自習室を利用して下さる事を望む。 言うまでもないが、中学生は下校時刻を厳正に守らなければならない。

自学自習を

秀才は自学自習と読書の中から生まれる。生まれついての能力差などない。一念発起、君自身の可能性を、自学自習の中から導き出せ。

平成30年3月 350号
中学校卒業式辞(要旨)

別れは重いが、大部分の人とは、この後、三年のおつきあい
他校に入学する人にとっても、ここは、かけがえのない母校
卒業後も母校として、来校し、我々を頼って欲しい

いずれにしても、三年の後には大学受験
本校からは、既に東大1 東京工業大学1 北大2 東北大1 首都大学東京3 防衛大学7 千葉大2 埼玉大1 静岡大1 新潟大2 群馬大5 その他国公立大学多数 早稲田 慶應 等々多数の進学実績
もう一つの特徴 Ⅲ類からも多数の国公立大学合格

人間に生まれながらの能力差はない
いかにして実力をつけるか
学校も真剣な努力
もっとも効果的なのは、自らを高めんとする意欲に燃えた自学自習
本校高等部も、単なる課題学習ではなく目的学習
一定の実力育成を目的とする自学自習 ある新二年生の母の言葉 「アメリカでは、補習のほとんどは自学自習」

イギリスでのJunior collegeの視察から
教師はひと言も発せず、生徒は自学自習
自ら学ぶ心を大切にし、それを信頼している
明治以来の講義式授業の反省

読書の大切さ 大衆文化に浸りきっていてはリーダーにはなれない
読書と感性の大切さ
月 星の美しさ 裸足で触れる夜露の感触 孤独を恐れぬ心

家族に感謝 別れの重さ

憲法9条とは何か

 これが憲法9条である。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

 

 これを改正するかどうかが、今、問題になっている。
 9条改正に、絶対反対という政治グループも存在する。この人々にお尋ねしたいのは、中国が急速に軍事力を増大させている事実を、どう見るかである。中国は徴兵制を保持しているから、兵士にかかる金は、ぐんと少ない。大国主義的動きの著しい中国の、軍事力急増が、日本の安全保障に影響を与えないのか、そのあたりは、研究したいものである。
 国民は、我が国が戦争に巻き込まれることを恐れている。私もそうである。いくら一所懸命に教えたとしても、教え子を戦争で殺されたら、たまったものではない。
 だから私は、日本が「海外に軍隊を派遣しない」ということを、憲法に定めたら良いと考えている。
 現内閣は、9条はそのままにして、ほかに、自衛隊の存在を認める条文を加えたいと考えているようである。ひとつの考えだが、9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」をそのままにして、自衛隊の存在を認めるということには少し無理があると思う。むしろこれは、「前項の目的を達するため、必要最小限の軍事力を保有する」と変えた方が、国民の支持を得やすいのではないか。
 国民が不安になるのは、日本が再び軍隊を外地に送って戦争に巻き込まれることである。日本は、莫大な国連分担金を払っているのに、常任理事国はおろか、非常任理事国にすらなれない国家である。かっての我が国の戦争行為は、今もそれほどに「睨まれている」のである。アフリカも中東も心配だが、今も、それほど睨まれている国家なのだから、我々は、世界の果てまで行って、正義を実現することなど、少なくとも百年は考えなくとも良い。
 海外派兵の絶対禁止を憲法にうたえば、国民も安心して、「必要最小限度の軍事力の保有」に、理解を示すのではないか。
 6000の離島、その周辺の世界第六位の支配領域を抱えて、海洋帝国主義とも言える時代に、憲法上疑念のある自衛隊では、自国の権益を守ることができない。
 まあ、ざっと言えば、今の憲法論争には、そのような論点がある。
 社会の勉強では、当然、憲法の勉強もしなくてはならない。その勉強に資するため、私なりの憲法論を少し述べてみた。生徒諸君は、様々な政党、政治見解に耳を傾け、自分なりの憲法論を確立させて貰いたい。

平成30年3月 349号
卒業式辞 幸多き明日のために
(要旨)

 高校卒業の重さ 高校卒に伴う別れの重さ
  卒業以後、再会する機会が極めて稀なのが高等学校
  幸多き明日を
人生での成功 不成功は 些事
  得意冷然
  失意泰然
満ち潮だけの人生はないが、引き潮だけの人生もない
二十代の若さは、すべての立場に優越する
  若さの前に恐れるべきものはない
  この先80年 燃えに燃えて人生を生き走り抜け
日本は大国であることを忘れるな
  6000の島 領海 排他的経済水域
  レアアース マンガン団塊 メタンハイドレート
  海は陸の二倍半 この先、資源大国になる可能性も
  海洋帝国主義に備えよ
  島々の点在海域での制海権を失えば、すべてを失う
両親への感謝 特にひとり親への感謝
  今日帰ったら卒業証書は親に示し、謝辞を述べよ
保護者への学校としての感謝
サヨナラは世界で一番美しい、別れの言葉
  「左様ならば」 それではの意味
  諸君 サヨナラ

朝鮮半島の平和を切望する

 

 北朝鮮が、アメリカとの対話に、積極的姿勢を示している。アメリカが、北朝鮮の非核化以外の妥協に応ずることがないことを、北の指導者は熟知している。
 にもかかわらず、ここで対話を申し立て始めているということは、北朝鮮の国情が、余程逼迫しているからではないかと思う。
 六年前、私は38度線の休戦ラインを訪ねたことがある。かって、休戦会談が行われた建物にも入った。内部にも、国境線(停戦ライン)が引かれてあり(目に見える線ではないが)、南北それぞれの兵士がそれを守っていた。
 驚いたのは、韓国側の山が緑で青々しているのに、北鮮側の山は、線でも引いたように枯れ山続きだったことである。燃料に使ってしまったのかも知れない。あれでは洪水にもなるし、干ばつにもなる。北の政治の何たるかを見る思いがして辛かった。
 その後、今の金成恩氏の政権になり、政治、国民への締め付けが、一層厳しくなったようである。「政権を、彼の兄へ移したい」と、中国で語ったと言う理由で、金氏は、実の伯父を高射砲で撃ち殺したと言うから凄い。そして、その兄が、マレーシヤで殺害されたことも、今では有名である。
 多くの経費が、首都の記念物や建物に使われ、そうでなくとも苦しいところに、ミサイル建造、発射、核兵器開発に金を使うのだから、人口二千万ほどの小国の経済の破綻しないわけがない。
 強がりの演説ばかり続いていたが、ここへ来て、「アメリカとの対話の用意がある」と言い始めた。国内が、経済的に極度に逼迫してきているのではないかと私は思う。
 北朝鮮は寒い。石油がない。暖まるための毛布だって、極度に不足しているのではないか。餓死、凍死が多発しているのではないかと憂慮される。
 1950年、突如として38度線を突破して、南へ大軍で乱入したのは北朝鮮である。油断していた韓国軍、連合国軍は、敗退に敗退を重ね、釜山から日本海へ追い落とされるところであった。朝鮮戦争が、北による戦争行為であったことは、この消息からからも明らかてあきらかである。当時私は、高校三年生であった。
 マッカーサーの、仁川における奇襲上陸で情勢は一変する。
 北朝鮮は、この戦争が休戦に持ちこまれた後も、ラングーンでの韓国閣僚の爆殺、日本に隠密裏に上陸し、多数の日本人を拉致、誘拐する等を繰り返した。世界で、最も危険な国家だと言えるかも知れない。
 その北朝鮮が、アメリカとの対談に応じたいと言うのだから、これ以上は支えきれないほどに、国内が、物質的に荒廃しているのであろうと思う。
 極東の平和を心から望む。北朝鮮政権当事者は、核兵器や軍事力で、己を守ることはできない。核戦略さえ放棄すれば、世界は、温かい救援の手をさしのべるであろう。
 オリンピックを終わった後の朝鮮半島が、平和で穏やかな方向を目指して下さる事を、心から切望する。

平成30年2月 348号
昔の生徒 今の生徒

 昔の生徒、特に女生徒は、己を成熟した人間として見て貰いたがった。生徒、女学生として見られたがるのではなく、成熟した「婦人」として認められることを望んだのである。女学校は五年で卒業であったから、今の高校二年生である。卒業後、直ちに結婚する人もいた。
 だから、男子生徒の私たちには、少し眩しかったし、「お姉様」に見えたのである。 今の高校生、特に女生徒は、むしろ実存より己を若く、幼く見られることの方を望む。その表れが、鞄にくっつけられているお人形の類(たぐい)であろう。卒業後、間もなく結婚するかも知れぬ昔の女学生諸君にとっては、想像もできないことだったであろう。
 私の中学、高校時代に、制服というものは、事実上なかった。いや、制度としては存在したのだが、我が国全体の経済的窮乏から、事実上、消失してしまっていたのである。私は、足駄(あしだ)を履いて登校した。地下足袋の事もあった。
 鞄の制定品など、夢の又夢、大抵は安い布地の下げ鞄を肩に掛けていた。ズックと言われる、布製の手提げ鞄の生徒もいた。女学生は、裕福な家庭の子女が多かったから、鞄も高価なものを持っていたと思う。記憶にはない。
 面白いのは、ブックバンドという物が流行していたことである。本三冊ほどに、十文字に紐を掛け、肩に引っかけて登校するのである。中にはコンサイスと言われる当時最新鋭の英和辞書も、一緒に結ばれている場合があった。
 文学書、哲学書に読みふけるのがダンディーだとされた。もっとも、それを「ツモリコイテイル」と冷笑する動きもあった。私は、その「読書人グループ」だったが、私は仲間に温かく受け入れられていた。振り返って、独特の存在だったのかも知れない。
 女子の大学進学指向については問題もある。婚期が遅くなるからである。
 昔は、大学に進む生徒は、女学生の中でも、ごくごく稀だったし、進学しても、ほとんどが短大であった。名は伏せるが、ある大学など、四年コースよりは二年コースの方の入学試験が難しかったほどである。
 婚期の遅れは、国家、ひいては人類全体に取り深刻な問題である。大学を卒業して22歳、その後就職して働くことの面白さを知ると、瞬く間に時が過ぎる。育児には、大変な努力、体力を要するから、本来は、最も逞しく、充実した20歳頃に第一子を出産するというのが望ましい。
 私は、大学生の場合、いわゆる学生結婚して、大学二年生頃に第一子を産むのが望ましいと思う。大学は、その施設を整えるべきだし、企業も採用試験で、母親学生を優先採用するようにならなければ駄目だ。
 少子化と言われる。漱石も8人キョウダイであった。だから、あんな立派に育ったとも言えるのではないか。今は子供は、多くて二人の時代である。これには、国民思想のほかに、学習塾に、ひとり年間60万円以上の学費がかかっているという実情も原因している。学校は何のためにあるのか。私は、予備校に通う生徒が出た場合は、我々の、何かが足りなかったのだと反省している。
 日本で一番高いコストを要する教育機関、それが公立学校である。私立学校も共に、深く反省すべきではないだろうか。
 焦点が逸れた。今の生徒にも素晴らしいところが沢山あるが、素晴らしいところはともかくとして、昔の生徒に学ぶべき点は何だろうか。
 本校の生徒に、伸ばし言葉、語尾上げ言葉はない。やはり、知的水準が高いのだと思う。お人形さんは、好きなら、ぶらぶら下げるのも良いと思う。
 稀に、何らもつけていない女生徒を見る。何かしら知的な印象を受けるのは、私の感覚が古いからなのかも知れない。
  昔の生徒に学ぶべき点、それは読書だろう。今の高校生の知的水準は、昔に比し、格段に劣る。読書していないからである。だから、大学入試に際しても、国語が、なかなか難しい。英語も最後は、国語力の勝負になる。知性、文化を媒介するもの、否、むしろ文化そのものが、言語によって生み出されたものなのだから、考えて見れば、当たり前の話である。
 テレビの娯楽番組の低俗さ、登場する人物の気品のなさ、何故あんなになるのか。若しかすると、読書していないからかも知れない。
 スマホの向こうにいるのは、善人だが、普通の人物である。活字の向こうにいるのは天才だ。いつでも、只で、天才と交われるのに、善人ではあっても、電波を通してまで普通の人間に交友関係を拡大するというのは、あまり得策ではない。
 昔の生徒、今の生徒、それはそれぞれに素晴らしい。我々が百年前の人間に劣るはずはないのだ。でも、若しかすると昔の人間の方に、偉いところがあったかも知れない。そう思って個人の思想、特に天才の思想に学ぼうとする心が大切である。
 私が、ひと目でもお会いしたかったと思う人に、金田一京助先生がいる。同じ時代に生きていたのに、残念なことと思う。もうひとりは、ヘレンケラー先生である。私は、この方を20世紀最大の人物であったと確信している。その方を育てたサリバン先生は、何と素晴らしい方だったろうか。
 もう、その願いは果たされない。しかし、活字の中にヘレンケラー先生も、金田一京助先生も実存して居られる。
 何だ、騙されたと諸君は思うかも知れない。しかし、活字の向こうで天才に会えるというのは事実である。
 今の世代も本当に素晴らしい。しかし、昔の世代、そして、もっと向こうの、天才達と交わって欲しいという私の気持ちにも、少しは、友情を示してくれたらなあ、と私は願う。

平成30年1月 347号
人間に生まれついての能力差などない

明けましてお目出度うございます。この一年が、中学、高校に在籍するすべての生徒諸君と、そのご家族の方々にとり、幸せ多い歳になりますように。
 人間に、生まれついての能力差などありません。但し、能力を伸ばしやすい環境というものはあるでしょうね。それ以外には、脳に病気がある場合のほかは、先天的な能力に、生まれついての差などないのです。中学生諸君も、高校生諸君も、年頭にあたり、このことを、自らの心に、深く焼き付けて下さい。
 私の経験から考えても、それに間違いはないのですが、確かに能力を伸ばしやすい環境というものはあると思います。
 責任転嫁をするわけではありませんが、私の家は、父の仕事の都合で、転々と引っ越しを重ねました。また、政府の石炭重視政策が変わった関係で、父の作っていた小さな会社が倒産しました。備蓄はまだ相当あったらしいのですが、父は慣れぬ身で、八百屋を始めました。私が高校2年の時です。
 私は父を助け、朝三時には起きて、商品の仕入れに、農家を回りました。卵の買い入れのため、リュックに一斗缶を仕込み、籾殻を詰めて、鶏小屋のある農家を、一軒一軒回りました。一回に、20キロは歩いたでしょうね。(当時、卵は高級食品で、良く売れたのです。)
 結局、店は潰れました。八百屋に限らず、店というものは、素人で維持、運営できるものではなかったのです。このような環境で、自らを全面開花させるような勉強は、矢張り無理だったのだろうなと、私は思います。これは、高卒最初の年の、私のつまずきの一因をなしたと思います。
 東大法学部に合格した鈴木君のご自宅をお訪ねしたことがあります。秩父の、登山路間近のお宅でした。お母さんや鈴木君と話し合うことができましたが、何という落ち着きを感じさせるご一家だろうと思いました。あの時私は、このように落ち着いた雰囲気こそ、人に、その能力を全面開花させる背景なのだと思いました。
 人間に生まれついての能力差など、ありません。但し、その能力を、全面開花させる環境というものはあると思います。
 山梨に恵林寺(えりんじ)という寺があります。武田一族の菩提寺ですが、一度訪ねられてはどうでしょうか。山門に「安禅いずくんぞ山水を用いん 心頭を滅却すれば火もまた涼し」と書かれてあります。しかし、矢張り禅を深めるためには、山水、即ち落ち着いた環境が必要だったのかなあと考えさせられます。
 人の環境はさまざまです。どんな環境におかれようと、己を実現できるだけの勉学、修養は継続して行かなければなりません。生徒諸君は、自らに与えられている環境の中で、最大限に己を磨き、自己実現していけるよう、努力して頂かなければなりません。
 高校2年、3年の頃、私は最悪の環境に置かれていたと思います。しかし、そのことを恨んだことは一度もありません。家には水道もありませんでした。湧き水をバケツで汲んで30メートル程離れた家に運ぶのです。それが私の仕事でした。湧き水の傍の石に腰を掛け、月明で啄木や牧水を読みました。それはそれで、設備の整った書斎では味わえぬほどの深みを、私はつかみ取ったと思います。
 しかし、受験勉強には向かない環境だったでしょうね。高校3年の夏、父は新しい小さな家を建てました。しかし、自分の部屋はありません。まあ、随分と、受験勉強には難しい環境だったなあと思います。
 生徒諸君の家庭は、私に比べれば、随分と恵まれたものでしょう。青春は再び回っては来ません。今が大切です。今学び取って、この先の長い人生に対処しなくてはならないのです。
教師は、ともすれば、「来年東大に受かりそうな生徒がどのくらいいるか」と言うことを話題にする事があります。私は、そのような感覚、発想に反感を抱きます。人間の素質、可能性には、絶対に限界などないからです。
 私は既に高齢ですが、この先の自分の人生に対し、諸君では考えられないほどの抱負、決意を抱いています。私は、必ずその思いを実現するでしょう。
 中学生は可能性の塊です。高校生は、例え3年生であっても、その可能性は無限であり、可能性が服を着ているだけだとさえ思います。今年が駄目なら、来年もあります。私は、最悪の環境の中で、田舎の中学生と、4年間を過ごした後で、大学に進みました。遅れは、少しでも私の人生をマイナスしたでしょうか。
 鈴木君のように、意志と環境に恵まれ、東大法学部に進んだ人もあります。彼は必ず大成するでしょう。しかし、若き日にそれほどのadvantageを獲得できなくとも、長い人生を勝利へ、成功へと導くことはできます。
 大切なのは、常に常に、己を大切にする事です。諸君は必ず成功するでしょう。
 私が恐れるのは、諸君が、己の可能性に見切りをつけることです。中等部から一般入試を経て高等部に入るため、全力を尽くしている人もいると思います。力を尽くして下さい。その人々は、必ず成功するでしょう。
 大学受験の3年生は、絶対に己の可能性に見切りをつけてはなりません。若き日の私が大学に進むことに、職域のすべての人々は反対しました。しかし私は、己の持つ可能性を疑わず、4年の遅れも気にせずに大学に進み、それなりの生き甲斐を獲得したと思います。
 忘れてはなりません。これは私の回想ではないのです。私の目は、明日に向かっています。私は、ここには語れぬ私の構想を、必ず実現するでしょう。

平成29年12月 346号
江澤繁先生の思い出

 年の瀬である。高校三年生は戦いの真っ最中。その他の諸君も、年の瀬には、それぞれ新たなる感慨があろう。
 ところで、タイトルの「江澤先生」については、意味不明と驚かれる人も多かろう。校長と言えども、公の「藤棚」に、私的感懐を述べることは許されない。それを分かりつつ、あえて「私的感懐」を述べるのは、それが、中高の生徒諸君、保護者の皆様にも、お役に立つと思うからである。
 江澤先生は、私の母校、北海道教育大学札幌分校の助教授であった。私は、北海道学連の委員長を、唐牛健太郎君に譲り、卒業準備に追われている頃であった。卒業論文の作成に熱中している私に、江澤先生は、研究室の鍵を任せて下さった。おかげで私は、恵まれた環境の中で、卒論作成に励むことができた。私立大学の、多すぎる学生数では、考えられないことである。
 江澤先生は、毎日11時頃に研究室にお出でになり、12時になると、必ず、大学生協の食堂に電話を掛けて、カレーライス二つを注文なさった。ひとつは私の分である。ひと皿50円であった。
 愚かな私は、「学者は金持ち」くらいに考えていた。しかし、今なら、当時の大学助教授が、豊かではなかったことを知っている。毎日100円のカレーライス代は、先生に取り、大変な出費だっただろう。しかし、今となって、その恩義に報いる方法はない。まあ、次の世代の生徒諸君に真心を尽くすということで、泉下の先生に感謝の誠を捧げる以外に道がない。私も、「貧しい生徒に昼飯を食べさせたい」と思うが、みんな豊かな家庭の子供ばかりだ。今もその機会を得ずに、日々を過ごしている。
 江澤先生は、東京帝国大学在学中に、陸軍幹部候補生に、おなりになった。在学中、随分、下士官に虐められたようである。下級生を庇って、先生ご自身も、殴られることが、しばしばであった。口数の少ない、美男子の先生であったが、私を特に信頼して下さり、色々な話を聞かせて下さった。先生に、あのように可愛がられた経験は、ほかにない。
 先生の後輩に当たる生徒を、良く殴り、幹部候補生であった先生をも殴る下士官がいた。穏やかな江澤先生は、下級生と一緒に殴られていた。
 幹部候補生には、特別に砂糖が支給された。江澤先生は、そのすべてを、汁粉などに変えて、部下に食べさせたそうである。穏やかで美男、物静かな学者であったが、ある時、思わぬ話を私に聞かせて下さった。
 「私は任官したとき、(陸軍少尉になったとき)、正門の前で待っていましてね。その下士官に、「待て」を掛けました。飛行手袋を履いたまま、二発殴りました。」「彼は、抵抗しなかったんですか。」と私。「しませんよ。上官の命令は朕の命令なんでしょ。」と先生。江澤先生は、そういう方であった。
 私が残念で申し訳ないのは、卒業後私が、江澤先生に、一本の礼状も出さずに仕舞ったことである。先生は、その後も、私の個人的動向、政治的動向に関心をお持ちだったことと思う。
 その後、社会主義世界体制は、世界的規模で、音を立てて崩壊した。その事は、私にも、私の同世代にも大きな影響を及ぼした。江澤先生は、あの思想的大変動の時代を、どのように生きられたのであろうか。
 学歴から考えて、どこの大学で、どのように昇進なさろうと、人が驚かないような偉大な方であった。しかし、その後の江澤先生の御消息が分からぬままに歳月は流れ、私自身も老境を迎えた。風の便りでは、精神を傷められ、必ずしもお幸せとは言えぬ晩年を過ごされたとも聞く。
 振り返って、私ほど偉大な先輩に愛され、その恩寵にひたった人間は少ないと思う。私は、その恩義に報いられぬままに時を過ごした。申し訳ないことである。その恩義を、私は、次の世代にお返しして行かねばならないのだが、それさえも充分にできそうにない。歳が暮れようとしているが、いつもいつも悔いを残して迎える大晦日、ひそかに先生の霊にお許しを願いつつ、除夜の鐘を聴きたいと思う。

詩集 歌集に親しんで欲しい

 高校一年の冬、トロッコにセメントを積むアルバイトをして、少しの金が手に入った。北海道芦別市の炭砿での話である。  その金で、啄木歌集を買った。啄木の歌は素晴らしくて、月光の下で、読んだ記憶がある。朗唱している内に、結局、ほとんど全部を覚えてしまった。啄木の素晴らしさを、生徒諸君にも知って欲しい。  どういうものか、私は、土井晩翠の詩集「天地有情」の初版本を持っていた。今は手元にないが、古書店で見つけたら、相当高いものではないかと思う。韻律の美しい晩翠の詩は、今の生徒諸君にも愛されるのではないか。  若山牧水歌集 島崎藤村詩集なども素晴らしい。  若い諸君も蔵書を持つと良い。背表紙を見ているだけで、文学を鳥瞰できるようになる。若い諸君ほど、蔵書を蓄えるのがよいと私は思う。石川啄木の歌に、「売り売りて 手垢汚きドイツ語の 辞書のみ残る夏の末かな」というのがあるが、盛岡中学を中退しただけの啄木が、ドイツ語も独学していたこと、また、その生活が苦しかったことが分かって、独特の親しみが湧いてくる。

平成29年12月 345号
貴乃花さんの思い出

 私は、元入間市長の木下先生を深く尊敬していた。今もそうである。木下先生は、高等学校を卒業したのみで、当時の役場に入り、苦労の末に、市長職まで上りつめられた。その学識は、尋常のものではなかった。しかし今日は、それがメインテーマではないので、彼の学識、人柄について述べるのは、別の機会に譲りたい。
 木下先生を深く尊敬していた私は、彼の後半の市長選挙には、必ずと言って良いくらい、応援演説の労を取らせて頂いた。
 貴乃花さんとお会いし、親しく話をさせて頂いたのは、その応援演説の折である。貴乃花さんは、既にその時、相撲協会の「年寄」になっておられた。人も知る大横綱である。入間市で地方相撲の大会があり、市長であられた木下さんが、色々お世話をなさったのではないかと思う。詳しくは知らない。木下さんは、人に施した恩恵のことなど、口になさる方ではない。しかし、人も知る大横綱、年寄が駆けつける以上、貴乃花さんが、その恩義に報いようとなさったのは、間違いないだろう。
 街頭演説で、貴乃花さんは確か、私の右側に立っておられた。有名人に接して、当然私も緊張するはずなのだが、それが全くそうでない。貴乃花さんの、気取らぬ、ごく自然なご様子に、この方が日本一の大横綱、年寄ではなく、ごく普通の若者、好青年という印象を、私に与えてしまったからである。
 何か話しかけると、貴乃花さんは、「目上の人に」話しかけられたように、緊張して受け答えなさった。私は恐縮したが、彼の姿勢は、その後も変わらない。
 私が驚いたのは、彼が(こんな書き方は失礼かな) 極度に緊張して、私の問いかけに答えられたことである。
 彼は、ポケットから、可なり皺だらけになった紙を一枚取り出した。どうやら、その日の演説の原稿であるらしいのである。彼は、紙を見たり空を見上げたりして、口の中でぶつぶつ言っている。どうも彼は、原稿の暗誦を確かめているらしいのである。
 驚いた。若いとは言え大横綱、部屋を取り仕切る親方である。少しくらい間違ったって良いではないか。しかし、彼は、口の中でぶつぶつと暗誦を繰り返す。そして、間違えたりしないかと、どうも不安らしいのである。
 紙は、すっかり、しわくちゃになってしまった。でも「大横綱」は、不安そうに、顔を空に向けて暗誦を繰り返す。私は、彼が日本一の横綱であった事を忘れて、すっかり好感を抱いてしまった。「何という人だろう」「何という方だろう」「この方には、けれんもはったりもないのだな」、そう思うと、本当に好きになった。
 一陣の薫風と、木下氏の勝利への確実性を残して彼は去ったが、私は今も、貴乃花さんの、あの爽やかなお姿を忘れることができない。
 相撲界で、天下の横綱が、暴力事件を引き起こしたことが問題になっている。しかもそれに、三人の横綱が関わり合っている。私に、それに言及する力も識見もない。しかし、一部に、貴乃花さんを激しく非難する動きがあると、私は、「被害者である側を責めて、事なきを得ようとする動き」が、角界全体に存在しているように思えてならない。
 確かに今の大相撲は、怪我が多すぎる。ボクシングのタイトルマッチを毎日やっているような気配も感ずる。「星の貸し借り」があったと言われる昔が望ましいとは思わぬが、現状のあり方も、ひと思案する必要があるのではないか。
 しかし、傷害事件が起き、同国出身の横綱が三人も同席していての犯行となると、相撲協会も、一旦は刑事事件として、傷害事件として司直の裁量を待ち、その上で角界の、このような傷害事件の発生を防ぐため、力を尽くすことが、国技の発展のため、望ましいのではないか。
 貴乃花さんの、あの正直、実直さでは、権謀渦巻く角界を渡りきって行けるだろうか、そんな不安を私は抱く。
 八百長が復活するとは思わないが、勝負に威迫が存在するとすれば、国技大相撲は滅びる。
 貴乃花さんの信念、実直さが葬られるならば、相撲道そのものが衰退を招く。貴乃花さんを、少しだけ知る者として、世界一の大相撲の健全な明日を期待する。
 今朝のニュースによると、横綱白鵬が、優勝表彰の席上、異例にも発言し「日馬富士と貴ノ岩を、再び土俵に上げてあげたい」と述べたそうである。貴ノ岩は被害者である。あえて白鵬が発言しなくとも、被害事故の傷が治れば、土俵に上がれるのは当然である。傷害現場に同席し、あるいはなにがしかの関与も否定できない白鵬が、発言するまでもない。
 彼の発言は、日馬富士の土俵復帰を望むと言う一点に尽きる。
 角界の利益も関わっているのかも知れないが、傷害既遂の犯人が、横綱として復帰できるようであれば、角界の明朗さは実現から遠くなる。監督の責めを負う文部科学省の責任は大きい。
 貴乃花さんが、理事会の質問に協力しないという事情にも、このような背景が関わっているのかも知れない。
 いずれにせよ、三横綱が同席している場所で、傷害犯罪が行われたのである。犯人が、再び横綱として振る舞えるようであれば、国技の明日に光はない。
 刑事事件だ。傷害罪に対する司法機関の裁決が明確になる中では、貴乃花さんも、相撲協会理事会の調査に応じる事であろう。
 高校生、中学生諸君は、どのようにお考えであろうか。
 相撲協会理事会の、清潔、明朗な決断に期待する。 (11月25日執筆)

平成29年10月 344号
マスクへの不安

 人相学では、顔に手をやるのは衰運の証拠、と言われているそうである。「顔に手をやる男には金を貸すな」という言葉が、金貸しの世界にあったとも言う。勿論昔の話だ。銀行が庶民の間に普及する、ずっと昔の話である。
 男子でも女子でも、あなたは、人と話すときに、顔に手をやる癖はないだろうか。あって悪いわけではないのだが、私の人生経験では、自分に自信のない場合、顔に手を持って行く人が少なくないように思う。
 ものを言うとき、口を手で庇いながら話す人もいる。
 この学校で感動するのは、生徒が、真っ直ぐ相手の目を見て話すケースが圧倒的に多いことである。相手の目をしっかり見つめ、絶対に目をそらさずに会話を進める。「育ちがいいんだなあ」「可愛がられて育ったんだなあ」と、こちらまで嬉しくなる。
 面接試験の折など、絶対に質問者から目をそらしてはならない。視線の落ち着きだけで、合否が分かれるケースも少なくないのである。
 人と話をするときには、顔に手を持って行かないこと、相手の目をしっかり見つめて話すことが大切である。
 ところでマスクだが、私はマスクを用いたことがない。私のマスク姿を見たことのある人は、先ずない筈である。
 ウイルスは、瀬戸の素焼き板を、するすると通り抜ける。マスク如きで、これを妨げることなどできない。風邪の予防の役になど全く立たないと私は考えている。但し、咳き込んだときなど、その飛沫の勢いは風速四十メートルにも達すると聞いた事がある。風邪ウイルスの飛散を防ぎ、他人に迷惑を掛けないためには、いささか役に立つのかも知れない。
 高校二年生の修学旅行、今は生徒の安全のため、ハワイに変更したが、昔はロンドン、パリが、お決まりのコースであった。
 その際、私は、生徒たちに、ロンドンのピカデリーサーカス、パリのシャンゼリゼを歩く時、「マスクを掛けている人がいたら教えてくれ」「人数も数えてくれ」と頼んでおいた。
 ところが、目撃例は、一件もなかったのである。「花粉が飛ばないから」という声もあった。どう致しまして、マロニエ、いわゆる鈴掛の鈴は、割れて、莫大な量の花粉を飛ばす。日本だけ、どうしてこれほど、マスクが愛好されるのか、その理由は分からない。
 「マスク産業と医師会の癒着かな」とも思ったが、そんなことを言って、お医者様に睨まれたら大変だ。
 中には、会話しにくいからであろうが、マスクを、顎にずらしている人がいる。そんな人のマスクに限って、薄汚れているケースが多い。いわゆる、「百年の恋もいっぺんに冷める」という奴であろうか。  必要なときに、直ぐ引きずり上げられる、と言う事もあるのかも知れぬが、私は、その人が、人前に顔をさらすことを嫌い、少しでも顔を覆っている方が、精神的に安定するという気持ちになっているのではないかと、不安になる。それならば大変だ。人前に顔をさらし、自信を持って行動できる人間に、自らを改革することが大切である。
 「顔に手を持って行くのは衰運の証拠」という人相学の言葉が、矢っ張り気になるのである。
 私にも劣等感がある。先ず足が短い。立って話すときには人からの威圧を受ける。顔も並み以下と思うが、そこには多年養ってきた生きる信念があるから、劣等感と言うほどのものはない。しかしまあ、人間全体としては過剰なほどの自信に満ちていると言えるかも知れない。「そこがいやらしい」という人も多いだろうが、そんなことを気にして、人生の嵐を生き抜く事はできない。でもハンサムな男子、すらりと伸びきった四肢を見るとき、心の底から羨ましいとは思う。
 話すとき、手が前に出る人がある。「ジェスチャーで補わないと発言できない人」という印象をあたえる危険がある。面接の時などに有利ではない。採点者は、君たちが自信に溢れている人物かどうかを見届けたいと願っている。企業の将来を託す人物を求めているのだから、自らに自信のある人物を渇望しているのである。諸君の自信に溢れた個性を示さなくてはならない。相手の目をしっかりと見つめ、顔又は姿勢は、質問者の方に向けて、謙虚ではあるが、質問者に気圧(けお)されたりはしない人物だということを示さなくてはならないのである。
 自信のある人間になれ。このランクの中学、高校に入学してきているのだ。他人に気圧されて何とする。常に自信を持ち、手のひらの陰に隠れたり、マスクの陰に隠れたりしようとする人間であってはならない。
 勿論、マスクが大切なこともある。マスクをすると瞳が潤み、美しく見えるというので「マスク美人」という言葉さえ生まれた。しかし、いつもいつもマスクを常用してはならぬ。喉の抵抗力も弱くなってしまうのではないか。
 イートン校は、ハロー、ラグビーと並ぶ名門校だが、ここでは、冬の夜も窓を開けたままで寝させるそうである。さもなければ、咽頭の抵抗力が弱まるという考えからだそうである。
 余談だが、チャールズ皇太子は、在学中、いじめられっ子だったという話を聞いた。貴族階級が通うイートンでは、王族といえども特別扱いはしなかった学風を示すものなのであろう。中学、高校の女生徒は、立っているだけで美しい。男子生徒は、明日を物語る知性に溢れている。どちらも美しく、健やかで、老人の目からは眩しい。その素晴らしさを自覚し、己を隠すことなく、威風堂々と生きて行ってくれ給え。

平成29年10月 343号(生徒募集特別号)
本校入学試験に合格する秘策について、受験生に伝えて下さい

 本校に在籍している生徒諸君は、既に難関を突破している人たちだから、「入試など大したことない」くらいに考えているかも知れません。しかし、受験生にとって、それはなかなかに困難な課題であるのです。
 特に、校長推薦の基準とか、合格に要する偏差値とかを聞かされると、「狭山ヶ丘入試」は、実存以上に、峻険な峰に見えてしまうのです。
 大切なのは、今の「内申」や実力、偏差値ではなく、「狭山ヶ丘」に合格しようとする決意です。まだまだ時間がありますから、計画を立てて勉強して下されば、入試には、確実に合格できます。受験生の皆さんに、諸君から、この事を伝えて下さい。
 結果が分かるまで不安ですね。個別相談は、そのためにあります。校長推薦を頂けなかった人は、「自己推薦」として、自分の長所や決意を述べて、自分を売り込んで下さい。お父さん、お母さんのお書きになる、「家族推薦」でも結構です。
 もうひとつ、入試には、「一般入試」というのもあります。今年の場合これは、2月5日に行われます。これは推薦入試ではなく、文字通り実力一本で行われる試験です。
 最後に行われる試験なので、ほとんどの受験生が失敗するのではないか、と思う人があるかも知れませんが、そうではないのです。何度かの難関入試に挑んで失敗した人が挑戦すると言うこともありますが、それまで、本校推薦入試に失敗した人たちが、最後の勝負を賭けて挑戦する場合もあります。それが、意外なほど高得点を獲得する場合が多いのです。「戦いながら」「戦いの途上で」実力がついてくると言うことなのでしょうね。
 私は「一般入試」の最終審査をしているとき、人間とは、どれほど大きな可能性を蔵しているものなのかということを考えさせられます。それは、ほとんど感動に近い感情です。推薦入試は、校長推薦、自己推薦、保護者推薦、どんな形を取るにしても、全員が公平な観点で審査を受けることになります。「今の内申が良くないから」と言って、絶対に失望したり落胆したりしてはなりません。それは、在校生が、大学入試に挑戦する場合にも同じです。
 常に大切なのは、「今の実力」ではなく、明日に向かって戦い抜く決意そのものです。在校生諸君から、折あるごとに、受験生諸君に、この消息を伝えてあげて下さい。
 大切なのは、今ではなく明日です。明日に向かって奮い立ち、燃え立つ気力を有しているか否かです。
 個別相談では、今の内申、今の偏差値ばかりでなく、明日に向かって、いかに厳しく戦う決意を有しているかどうか、命がけで戦い抜く決意があるかどうかが大切になります。
 個別相談に当たるのは、受験生諸君の、決意と闘志を燃え立たせようとする、本校教師達です。彼らは教育の専門家ですから、皮相に内申や偏差値のみを見るのではなく、受験生が「内に蔵している」ど根性、決意、闘志、真面目さを見るのです。彼らは「今日の受験生」「今日の実力」ではなく、受験生の明日、可能性そのものを見るのです。その末に彼らは、受験生の敵ではなく、最愛の味方として、受験生諸君の可能性を開花させるべく努力するでしょう。彼らが、「大丈夫でしょう」と言った場合、それは「相当に大丈夫」なのです。
 但し狭山ヶ丘は、出席実績については厳しい学校です。中学三年次の一年間に、欠席十日以内であることが期待されます。
 最近では、どういうものか、学校を休みがちになる人が少なくありません。人間、いつでも明るく快活というわけには行きません。私でさえ、連休の前などには、何かしら楽しいような、解放されたような気分になりますから、健康な大人にとっても、職務には、苦役としての一面があるのかも知れません。
 しかし、世の中に出てからは、少し浮かない日も、何となく気が重い日があっても、職場に急がなくてはなりません。勿論、大人の世界には、年間二十日の年次有給休暇というものもあります。しかし、それ以外は原則として、毎日働きに出かけなくてはなりません。その誠実な勤労が、世の中全体を支えているのです。
 ですから「休まず学校へ登校することができるかどうか」それは、今、生徒諸君が考えている以上に大切な問題なのです。本校は、三年生の時の欠席が十日以内であることを求めますし、一般入試の場合も、欠席日数があまりに多い場合には合格させないことにしています。
 本校の卒業式には、三年間皆勤、三年間精勤の生徒名が発表され、「全員起立」が命じられます。その人数の多さに感動してしまい、校長が、思わず涙を流してしまったこともあります。成績も大切だし、偏差値も大切です。しかし、出席日数は、それ以上に大切であり、その意味で本校入試は、三年生の一年間の欠席日数が十日以内であることを求めるのです。この消息を、在校生からも、受験生諸君に教えてあげて下さい。
 実力、学力は、決意さえあれば、意志力さえあれば、まだまだ伸びていきます。学校が求めるものは、伸びていこうとする決意、意志力、生真面目さであると理解して下さい。
 狭山ヶ丘は、来年度の高校入学生の中から、東大合格者十人を出すという決意と秘策を持っています。
 それは努力した者、意志力ある者を「東大特講」として先頭集団を形成し、演習中心、自学自習中心のグループを形成することです。在校生は勿論、これから入学してくる生徒諸君にも、「東大を目指すなら狭山ヶ丘が絶対に有利である」事を教えてあげて下さい。狭山ヶ丘は、県トップの進学校を目指すだけではありません。関東全域にその名を知られるような進学実績を達成し、文字通り日本を導ける指導者を育成することを目指しているのです。

平成29年10月 342号
増大する国家累積債務と受益者負担理念の大切さ

 日本は、世界一の借金国家である。ネットに、秒刻みの借金表示のシステムがある。現在の我が国の借金総額は1404兆円だそうである。ギリシャ レバノン イタリア ポルトガルより酷いというのだから、悲しくなる。
 先日、ある政治家が、「給付型の奨学金」を計画しているのを知った。「校長だから、どんな奨学金にでも賛成するだろう」と思われるかも知れぬが、それは違う。
 大学に入学しただけで、返さなくとも良い奨学金を、「まるまる貰える」というのなら、大学に行かなかった人は、どうなる? 大学どころか、高校にさえ行かず、塗装工事や建設現場で、世の中を支えてくれている、勤労青年はどうなる?
 大学へ行けば、「偉くも」なるだろうし、高所得も獲得できる。それならば、卒業後に、感謝して奨学金を返済するのが当たり前だろう。
 私も、大学入学当時、二千円の奨学金を頂いた。今で言えば二万円くらいだろうか。私はこれを、「成績不良」で、二年終了時にカットされた。その後の二年間は、大変であった。しかし今でも、あの、前半二年間の奨学金には、感謝している。
 「給付型の奨学金」と言うのはおかしい。仮に総理が、その実質的決定に与ったとしよう。しかし、その金は、当たり前の話だが、総理個人の金ではない。すべて国家の金なのである。
 国家というものが、宙に浮いて存在するのではない。国家とは、ひとりひとりの納税者に外ならない。その納税者には、子供のいない人もいる。生涯を独身で通す人もいる。そんな尊い金を奨学金としてお借りする以上、卒業後にそれを返すのは当たり前なのに、給付型奨学金とは、何事か。
 何事につけても、「この金は、国が出すべきだ」、そう主張する人が多い。しかしこれは、「俺の経費は他人が払え」という事に外ならないのである。
 公立高校の保護者は、月額一万円の授業料を負担するのが、確立された慣習であった。それを、当時の政権は、「すべて只」にしたのである。義務教育ではない高等学校が只というのは、当たり前の話ではない。まあ、「人気取りのためのバラマキ」だったのだろうが、公立だけが、只というのは、もっとおかしい。我々私学人、私学の保護者は、団結して戦い、同様の利益を、私立高校のためにも出させるようにした。
 その結果、国は年間700億の経費を支出せねばならなくなった。
 今、政治家は、消費税を、国の借金返済に充てるのではなく、その相当部分を、育児出産関係に充てようとしている。赤ちゃんも母親も、当面は助かるだろう。
 しかし、この莫大な国家累積赤字は、「今助けられた赤ちゃん達」どころか、その孫、曾孫の代まで、引き継がれて行くのである。
 国家も家庭も、苦しいながら、収入の範囲で切り回して行かなければならないのは常識だ。
 社会福祉ということは本当に大切である。しかし、「自助努力」ということも忘れてはならぬ。昔、社会主義思想は「働かざる者食うべからず」と言った。社会主義世界体制の崩壊は劇的であったが、それにしても、この「働かざる者、食うべからず」は、尊い思想なのではないだろうか。
 「社会保障を充実させろ」そう主張し続ける事も極めて大切だが、これだけの累積赤字を抱えている以上、それを、これ以上増やさないこと、次の世代、次の次の世代に申し送らないことこそ、決定的に重要である。「俺の経費は他人が払え」というエゴイズムと、社会保障が同質ではないことを、今こそ強調しなけれればならない。
 考えて見ればおかしい。私の学生時代、国民保険の掛け金など極めて安かった時代だが、国民健康保険は五割の負担で済んだ。
 今、「後期高齢者」は、三割の自己負担となっている。国の政治が悪くなっているように思われてならないのである。
 「後期高齢者」なる言葉を用いたのは、小泉元総理だが、その政治的感覚の無神経ぶりには、私も驚いた。今は、小泉氏自身が「末期高齢者」とも言うべき世代に達していようが、あんな無神経、無感覚なタームを用いた頃から、我が国の社会福祉政策は狂ってきているのかも知れない。
 口の悪いのが過ぎた。しかし、高校三年生は有権者である。政治的判断力を持たねばならない。二年生、一年生は、有権者予備軍として、国政に対処できる資質を養って行かなくてはならない。
 我が国の社会福祉を一層充実させるためにも、「受益者負担」という思想を、一層深めて行かなくてはならないと思うのである。

自学自習の姿勢の確立こそ巨歩を進める捷径

 

他国に遅れて文明開化を進めた我が国には、書物がほとんどなかった。その結果、口述筆記に近い講義形式が大学に定着したのである。それを、現代まで引きずるのは、単なる保守主義に外ならない。
 授業は、極力演習方式、自学自習方式に変化させるべきではないだろうか。狭山ヶ丘が、県のトップに躍り出る道はこれ以外にない。
 振り返って、私が一番勉強したのは、明治大学二部(夜間部)に学んだ四年間である。私は、熟読の末、テキストを全部頭に入れ、ノートもテキストも持たず、一番前で聴講した。先生も、「前列」、「目つきの悪い学生」の本質を理解して下さっていた模様である。
 自ら学ばねば、積極的に学ばねば、成功などできない。中学、高校受験の生徒諸君にも、是非、この消息を理解して頂きたいのである。

平成29年9月 341号
朝鮮物語

 全員元気に新学期を迎えることができた。互いに、爽やかな、この再会を喜ぼう。
北朝鮮が「先軍」政治を唱えて暫く経つが、自ら軍事優先を唱えるのは、この国くらいのものかも知れない。軍は豊かな民に支えられて初めて、その存在を維持することができる。
 大東亜戦争の末期、陸軍が、私の家にスコップを借りに来た。父は、「軍が民間の家にスコップを借りに来るようになってはお仕舞いだ。この戦争は負けだな」と語り、警察に聞こえたら大変だと、家族を慌てさせた。軍人の数が異常に増え、予算が軍のため優先されるのが先軍政治だが、先軍の本質が、いかなるものか、当時の軍国少年であった私は、良く知っている。
 共産主義国家で、権力が三代にわたって世襲されるというのは異例だが、それだけに金一族は、クーデターを恐れているのである。ルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊し、裁判の名の下に、大統領夫妻が虐殺された。この事を、金一族は熟知している。この文脈で考えれば、北朝鮮問題は分かり易い。
 韓国(南朝鮮)と日本の仲も、難しくなってきている。昔、日本人が朝鮮人を虐待したというのである。朝鮮は日韓併合で、日本に組み入れられたのだが、その恨みが、しこりになっている。
 私は、中学一年生の時、悪戯をしていて、当時希(け)有(う)だった、純白の背広の朝鮮人に、泥水を浴びせてしまった。「殺される」と思った。しかし、この方は、余程の人物だったのであろう。叱っただけで許してくれた。おそらく名のある方だったのであろう。今も、お名前を知りたいと思うが、分からない。
 戦時の朝鮮人を、日本人が虐めたという。そんなことも、あったのかも知れない。しかし私は、偉大な朝鮮人しか知らない。北海道滝川町でサイさんという朝鮮人の友だちがいた。彼は、むしろ私を馬鹿にしていた。古物商のお父さんは金持ちであった。赤平市に、有名な雑貨店があり、奥さんは日本人だったが、みんな主である彼を尊敬していた。
 戦争中、食糧難で、「石山」と言う山に畑を作り、ジャガイモを植えた。ここの地主が朝鮮人であった。「来年は貸さない」と言い、父と争いになった。頼み込む父の姿勢は、いささか卑屈であり、愉快ではなかった。しかし、父は少しく卑屈であったが、地主の朝鮮人の態度は、おおらかで威厳があった。私は、そのような朝鮮人ばかりを見ていた。「朝鮮人は賢く金持ち」というのが私の印象であった。
 米国、韓国が共同軍事演習を行うからミサイル開発を止められないというのは、少し違う。私が高校二年生の時に、北朝鮮は国境を破って、突如軍事侵入した。ソビエトロシアのスターリンの命令である。それは今、電報の存在、その他で証明されている。突然の侵入だったから、韓国軍も国連軍も敗退し、釜山まで追い詰められた。日本海に追い落とされる寸前であった。
 敗色濃い中で、マッカーサー国連軍司令官は、仁川に奇襲上陸した。形成が一転し、共産軍の敗北が確定的になったとき、今度は、革命間もない中国共産軍が、「義勇軍」として、大規模軍団で参戦した。人海戦術と言って、重機関銃の一斉射撃の前に、何千人が倒されようと、波のように進撃し続けた。まことに非人間的戦闘スタイルであった。
 一説によると、革命直後、蒋介石は国府軍を率いて台湾に逃亡したが、その残党は莫大に大陸に残った。朝鮮に動員されたのは、そのメンバーだったとも伝えられる。
 七年ほど前、38度線の南北休戦ラインを訪れ、休戦会談の建物にも入ったことがある。南北それぞれの兵士が、建物内の「休戦ライン」を守っていた。北の、感じの良い兵士と写真も撮った。学園祭に貼り出そうかしら。
 38度線の、南側の山は青々している。北は、線を引いたように禿げ山だ。木材を燃料に使ったりしたためである。だから干ばつになるし、水害にもなる。こんな中で、先軍政治をやったら、大変な事になると思う。
 今は38度線に近づくことも危険だ。
 米韓軍事演習を、北の指導者は誹謗するが、このような歴史経過に照らして、北は、いつ一方的に攻め込んでくるか分からない。米韓軍事演習は、それに圧力をかけるためなのである。
 中国、当時の清国は、朝鮮を支配しようとした。朝鮮半島全体が清国領になったとすれば、それがどれほど危険かは、生徒諸君にも理解できよう。それを防がんとして、日清戦争が起きたのである。日本が圧勝した。ついでロシアが、朝鮮を支配しようとした。若しそれに成功していれば、今の独立国日本も存在したかどうか。それが日露戦争だったのである。
 日本海海戦で、ロシアの連合艦隊は全滅した。その日本側指揮官が、東郷平八郎であった。日本海海戦での日本の大勝を祝って、トルコのイスタンブールでは、提灯行列をやったという。提灯はどこで手に入れたのかな。それほどトルコ人は、ロシアを嫌い、日本贔屓だったのである。
 少し脱線したが、米韓合同演習には、そのような歴史的沿革が存在するのである。北の指導者が、激しい態度で、軍事挑発を行うかのごとき素振りを見せようとも、所詮、アメリカのような大国と、韓国のような富裕国家相手である。赤貧国が戦争など起こせる筈がない。
 しかし、一次大戦、二次大戦共に、起こる筈のないところで、大戦が起こった。何としても平和は守り抜かねばならぬ。
 今は、一国が突出すべき時代ではない。日本は世界の人々と手を取り合い、可能ならば、北の貧しい人々をも助けて、国際親善を深めていきたいものである。
 しかし甘くはない。中国は、我が領土、領海すれすれに爆撃機との編隊飛行を行い、我が国に対する軍事的恫喝を行っている。幼児の安全と女性の名誉を守ることは、若者と私のような老人の使命である。しっかり学び、しっかりした国家体制を築いていこう。学問はそのためにあるのだ。

平成29年7月 340号
我が身を守り 秋風の頃の再会を

 学問的に大成するかどうかは、自学自習の姿勢を確立できるかどうかにかかっている。高等部三年生の場合、この夏は、人生最大の勝負だと言える。ここで負けたら、その次の戦闘で失地を回復することは、相当に難しい。およそ戦いとは、いかなる場合も、自己内面に潜む弱さとの戦いである。特に三年生は、人生がかかっているのだから、意志強く、この夏を戦わなくてはならぬ。
 私の親友の伯父は、台湾知事まで上り詰めた人である。(当時台湾は、正当に日本領であった)この伯父が、高等文官の試験を受ける頃、流石に東京の夏は暑かった。私の友人の父、つまり「知事」の弟は、盥に入り勉強している兄に、冷水を掛け通したそうである。水を掛けながら「知事」(当時はただの書生だが)は、脇目もふらずに勉強したそうである。今はエアコンが普及している。軽井沢や志賀高原に行かずとも、電気的に暑さを克服することができる。勉強したくないなんて、よく言えるものだなと私は思う。この勉強には、諸君と、その将来の家族の運命もかかっている。頑張ってもらいたい。
 中等部、高等部、共に夏は危険が一杯だ。
 本校では、アルバイトを禁止している。特に女生徒が、どこかで働いたりする場合、「職場」には、絶対的指揮命令関係が存在する。それが、働いて金を貰うと言うことなのだ。本校がアルバイトを禁じているのには、過去の経験に基づく深い意味もある。保護者は、このあたりを、深く理解して貰いたい。
 安全に関しては、素性の知れぬ者と、ネットを通ずるなどして、絶対に交際を始めてはならぬ。素性定かならぬ者と付き合って、殺されたり、傷つけられたりするケースが、どれほど多いかを、聡明に把握しておかねばならぬ。
 夜の外出は特に危険である。私は日没以後の外出は極力控える。用心深さとは、それほどに大切なのである。
 夏だから海に行く機会もあるかも知れぬ。
 海は川と違って毒クラゲやサメが出没する危険もある。砂浜は、岸に近づくとかえって深いという場合もある。私は海好きだが、砂浜では泳がなかった。必ず岩浜で、常に距離を念頭に置いて泳いだものである。小樽の祝津海岸の水の美しさ、岩の上から見た底の深さなど、今も懐かしく思い出す。
 クラゲと言えば、海水浴中の人が、次々に激痛に襲われるので、「電気くらげ」と呼ばれるものが出没したこともある。湘南だったのではないだろうか。
 船釣りに出ていて、あまりに暑いので、衣服を脱ぎ捨て、跳び込もうとしていたら、船頭さんに、どやされた。その海域には、常に確実にサメが出没するのだそうである。
 離岸流というものがある。沖に向かって流れる速度の速い海流である。プールとは違う。大自然は、危険も又一杯に存在するのだということを忘れてはならぬ。  しかし、一番恐ろしいのは、交通事故だろうな。中には携帯をいじりながら運転していたという愚か者もいるのだから、「車は私を狙ってくる」くらいの用心深さで、道路を横切らなくてはならぬ。
 数は少ないのだが、世の中には犯罪者もいる。特に女生徒の場合、車の中に引きずり込まれたら、その瞬間に、車内は地獄と変わる。夜だけではない。怪しく近づいてくる車に対しては、逃げるなり叫ぶなり、110番するなり、賢く、徹底的に用心しなくてはならぬ。怪しげな裏道は避ける事だ。
やがて初秋の風が吹く。みんな揃って、元気に明るく再会しよう。

特に中学生に
 東大を突破する第一の道 それは活字に親しむことだ

 

 映像文化は、常にチャンネルを切り換えられることを恐れる。民放は、すべてコマーシャル代で支えられているのだから、切り換えられては大変である。だから、視聴者に媚びるし、難解な言葉は用いない。当然、お笑い芸人のような者を多用する。深い思想を開陳できる訳がない。
 NHKはそうではないが、国民から、受信料を強制徴収している関係で、民放に負けるわけにはいかない。だからNHKも、視聴率戦争に無関心ではいられないのである。
 質的に深い思想や見解は、どうしても難解になる。そこから、「易しいことは良いことだ」という思想が生まれてくる。
 映像文化のみに入り浸っている人々を、私は大衆と呼んで良いと思う。日本を支える最も大切な人々である。しかし、大衆では、東大に入ることはできない。東大は、意志強く学び、辛苦の思索に耐えられるリーダーを育てる場所だからである。
 だから、志ある中学生、国家のために身を呈して努力する意志のある高校生は、日々映像文化に明け暮れる大衆であってはならない。スマホを歩きながら、いじるような「大衆」「群衆」であってはならない。
 世の中で最も醜い若者、それは、歩きながらスマホに明け暮れている、疑似高校生である。醜いだけでなく危険だ。我々はすべて、夕暮れには、無事で元気で、家族の元に帰り着く責任を負っている。
 まして志ある若者、東大を目指す中学生、高校生は、スマホなどには目もくれず、生活の中で活字文化に浸る比重を高めなくてはならぬ。英語だけではない。数学だけではない。自らの日々に、活字文化の占める比率を高める事が、明日に結びついていくのだ。
 青春が重ねて回ってくることはない。自らに厳しく生きよ!

平成29年7月 339号
地球温暖化と縄文海進

 日本列島は、新潟県の辺りでぼきっと折れている。フォッサマグナと言われているものである。マグマの移動のためと言われるが、どうも私には納得できない。巨大な流星が北から飛んできて、列島をへしまげたような気がしてならないのである。多分、私が間違っているのであろう。諸君の中に、地質学者として大成する人が出たら、教えて欲しい。
 大量に翡翠が出土するのは、我が国では、この列島が折れ曲がっているフォッサマグナ、つまり新潟県糸魚川のあたりだけである。
 「なんでも鑑定団」で、どなたかが、糸魚川の辺りを歩いていて、半透明な綺麗な石を拾ったと言って鑑定に出した。長さ12センチくらいだったであろうか。本物の翡翠で、値は千万円くらいとの事であった。70キロほど南下した、信濃大町に私の山小屋があり、近いので、時折糸魚川を訪れるが、翡翠を見つけたことはない。
 青森県の三内丸山は、ほぼ五千年前の遺跡だが、ここでは、栗を栽培していたらしい。栗の花粉オパールが大量に発見されるので、植林の跡と判断されているのである。
 ハマグリの貝塚もあるが、貝殻の大きさが同じなので、これは、煮貝として、商品化されていたのではないかと判断されている。
 驚くのは、この遺跡から、翡翠が発見されることである。青森で翡翠が取れる筈はない。これは、糸魚川の辺りから持ちこまれた物なのであろう。
 五千年前、エジプト第一王朝の時代だ。既に縄文人は、糸魚川まで航海する技術を身につけていたと言う事なのである。
 今日、言いたいのは、その事ではない。どうして、あのように内陸深くにある三内丸山で、ハマグリが取れ、貝塚が存在するのかである。
 実は、今でこそ内陸深くにある三内丸山だが、五千年前には、海辺にあったのである。これが「縄文海進」と言われているものである。昔、三内丸山は海岸であった。つまり、当時の海の高さは、今に比べて遙かに高かったのである。
 海が今より陸に迫っていたということは、両極や高山の氷山、氷河が溶けていたと言う事である。つまり地球は温暖化していたのである。
 今日、温暖化の原因は、産業革命以来の二酸化炭素量増大による温室化現象の結果とされている。では、縄文時代の温暖化は、何がもたらしたものなのであろうか。
 若しかするとそれは、 太陽黒点の増減その他、宇宙的次元の問題であったのかも知れない。いずれにせよ、温室化現象が生まれる前に存在していた地球温暖化の問題を語らずに、すべてを温室化現象に帰責するのは少し早いのかも知れない。
 石原慎太郎を特に好きな訳ではないが、彼は、炭素排出量に厳しい政策をとって東京の空を綺麗にした。今日、彼の功績の一切が否定されがちであるが、空気浄化のための彼の努力と功績を忘れてはなるまい。
 それにしても、二酸化炭素以外の地球気温に寄せる様々な原因について、全く問題にされていないのはどうしてなのであろうか。
 マクロには、われわれの住む地球は、氷河期に向かっているとも言われる。これはどうも、学術的には確実とされているものであるらしい。
 私は、少年時代から、酸素が不足すると言うことを心配していた。石油タンクの火災とか、山火事などの報道に接して、酸素がなくなってしまうのではないかという事を心配したのである。
 温暖化だけでなく、大気の健全性を保つためにも、二酸化炭素の排出削減には、もっともっと留意しなくてはならぬ。二酸化炭素の大量排出国アメリカには、一層の政策的協力を望みたいところである。
 大国中国は、「一帯一路」などと、世界支配を目指しているのではないかという心配さえしたくなるほど、国威発揚に余念がないが、それより、自国首都並びに大都会でのPM2.5等の大気汚染の心配を、何とかして貰いたいものである。我が国博多の辺りまで、汚染の迷惑は及んでいるのだから、「習近平さん、よろしく頼むよ」と言いたいところである。
 それにしても、五千年前の時代に栗の植樹をしたり、ハマグリの煮貝を作って商品化していたとは凄い。それを新潟の糸魚川まで持って行き、交易していたらしいのだから、先人の偉大さには驚く。日本の先輩達が、どれほど偉大であったかを忘れてはなるまい。
 二酸化炭素排出の抑制と並んで配慮しなくてならないのは、森林の増大である。アマゾン流域の森林は、かって知られていたより、遙かに広大であることが最近分かったそうである。本当に喜ばしいことだ。
 もともと地球に酸素はなかった。炭酸ガスを吸収して、陽光の力でデンプンを作り出す、炭酸同化作用の中で、酸素は生み出された。山中を訪れ、森の中に入ると、心が休まるのは、もともと我々が緑の中で暮らしていた為であるが、酸素の豊かな山中で、呼吸が一層快適になる為でもあるのかも知れない。
 だから、緑を増やすことは決定的に重要だ。アマゾンばかりでなく、すべての国と地域で、緑を増大させることに留意しなくてはならぬ。砂漠の緑化は、成功すれば、世界全体を好ましい方向に変えていくかも知れない。
 諸君は若い。その能力的可能性も無限である。研究、努力に期待する。  法隆寺で塀が壊れた。千年経ったその支柱が転がっていたので、大工が、悪戯して鉋をかけた。数回削るとぷうんと、檜の香りがしたと言う。大工は、檜の生命力に、神秘さを感じたという。
 私に夢がある。学園のため、土地を手に入れて、そこを檜林にしたい。檜の育成には二百年かかる。檜林と学園、そのふたつを二百年守り育てて行って欲しい。その材木で、茶室を造ってもらえたらなあ。

平成29年5月 338号
北朝鮮の危険な動きについて

 核兵器が発達して、人類の存続が脅かされている。核兵器は、コストとしては最も安上がりな武器で、その作製方法も簡単になってきている。携帯型の核兵器が作られるのも、そう遠いことでもあるまい。人類は結局、科学の間違った使い方で滅亡するのではないか、そんな心配も、心をかすめる。
 北朝鮮の今の支配者の父、金正日と言ったが、彼は現実的思考ができる人間であった。王制国家は世襲であるが、北朝鮮は、この正日に続き、現在の権力者も、その地位を世襲で獲得した。1945年以降としては、若しかすると、世界唯一の新しい世襲国家であるかも知れない。
 金正日は、ルーマニヤのチャウシェスク政権の劇的崩壊、チャウシェスク大統領夫妻の、裁判とは名ばかりの虐殺の模様を、ニュースその他で見ていた筈だ。
 ルーマニヤは、「夢の都ブカレスト」などと宣伝されていたが、真相は、人権などかけらも存在しない独裁国家であった。体制が崩壊した後、大統領夫妻は裁判にかけられたが、どうもそれは、大統領夫妻と共に横暴の限りを尽くした幹部集団の「責任転嫁裁判」であったらしい。裁判もそこそこに、死刑が宣告され、三審制どころか、判決の直後に、虐殺的な状況で死刑が執行され、その惨めな写真が、全国に報道されたのである。
 「弱気になった独裁者」が、いかなる運命を辿るか、金正日は、その状況から多くの教訓をつかみ取ったのに違いない。
 そして今の金正恩氏は、「先軍制」の名の下に、徹底した独裁体制を実施している。何しろ、意見が合わなかったからなのかどうかは定かでないが、その肉親の叔父を処刑した。それも、高射砲で粉砕したというのだから、全国民が震え上がったことであろう。
 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、面積12万平方キロ 人口2258万の小国である。そんな小国で、軍隊を優先する体制を取れば、民衆の生活が苦しくなるのは避けられない。
 私は、六年前、朝鮮の北緯38度線、つまり南北の国境線を訪ねた事がある。板門店という休戦会談が行われた場所がある。建物の中に38度線の国境があり、南北それぞれの兵士が、建物内の国境を守っていた。北朝鮮の兵士も、まことに好感の持てる人物で、私は、その隣で写真も一緒に撮った。
 道をそれたら地雷原だと脅されてはいたが、まことに、のどかな、平和な光景であった。
 但し、38度線の北側は、ほとんどすべて禿げ山であった。南は青々としている。薪として、すべて燃料に使ってしまったのかも知れない。当然、洪水も起ころう。あの寒い地域で、二千万の国民を養うのは大変であろうと思う。おまけに、小国に不相応な軍隊を維持するのだから、それは本当に大変に違いない。
 もっとも、北朝鮮では、兵士は、農繁期には食糧生産に携わるというのだから、それなりに、生活を維持するために努力しているのではあろう。
 金正恩氏は、核兵器でアメリカや韓国、日本を壊滅させようとしているのではない。それはできない相談だし、それでは北朝鮮自身が、壊滅的崩壊を辿ることになる。
 彼が恐れているのは、北朝鮮の、体制そのものの崩壊である。きっと彼は、父金正日から、ルーマニヤの、劇的体制崩壊の話を充分に聞かされているのに違いない。
 彼がしきりに「話し合いたい」との姿勢を見せるのは、自分が支配する国家体制に関して、それを崩壊させることはないという、彼なりの「安全保障」を求めているからなのである。私はそう思う。
 トランプアメリカ大統領は、日本海に空母を遊弋(ゆうよく)させるなどの政策をとりつつあるが、これは、「鼻に目薬を入れる」ようなものだと私は思う。北朝鮮が、将来いかなる国家体制を取るかは、そこに生きる国民全体の問題、国民自身の問題であり、近隣大国、世界の大国は、それに対して、いささかも内政に干渉するものではない、この事を明らかにすることが、今一番大切なのである。
 日本海に大艦隊を派遣することは、ロシアや中華人民共和国(中共)にも危機感を与える。世界平和維持の観点からも、好ましくはない。
 もっとも、最近の中国には、19世紀の植民地獲得競争にも似た、大国主義的傾向が著しくなりつつある。最近の「一帯一路」にも、このような大国主義的膨張主義が感じられる。
 中国は社会主義国ではない。国内に、農村戸籍と都市戸籍の二種類が存在し、貧富格差も著しく増大しつつある。しかし、この国は社会主義国ではない。必ず新しい建設的方向を辿るであろう。しかし、当面この国の、膨張主義的傾向、軍事予算の急速拡大は、留まる気配がないから、我が国は聡明に、この強大隣国と、付き合っていく必要がある。
 ロシアも、今や完全に市場経済、つまり資本主義経済による国家であるから、我が国が協調できないわけではない。但し、地政学的に、北の寒い地域の国家は南進したいという、いわゆる「南下」への内的衝動を持っている。これは、必要最小限の自衛力を持ち、日ロ友好を深める中で、乗り越えて行かなければならない壁であろう。
 私は、学生時代に、金日成総合大学に来ないかと誘われたことがある。いい加減なものではなく、相当しっかりしたルートからの誘いであった。若い私は、行きたかった。しかし、当時の私の政治的立場もあり、それは実現しなかった。そんな経過もあり、私は、北朝鮮に強い反感を抱いている人間ではない。朝鮮全体が日本であったこともある。朝鮮人が、数々の点で優れた民族であることも私は知っている。
 今の北朝鮮を、どうにもならない悪質分子と見るのではなく、金正恩氏が、ひたすら、体制の崩壊を恐れているのだとすれば、北朝鮮とは、今とは別な付き合い方もあるのではないかと私は思うのである。 

平成29年5月 337号
自学自習の姿勢を、いかにして確立するか

 人間に生まれついての能力差はない。だが、努力した者としなかった者の違いは、君の人生に決定的な影響を及ぼす。
 大学の収容定員数が多すぎる。大卒に対する需要は、そんなに多くはないのだ。できれば、自分と同等、もしくは自分以上の人々で構成される集団に帰属したいものである。だが憶えておきたまえ。努力しなければ、君がこれまで経験したことのない低質な集団に帰属する可能性もあるのだ。普通の生活で、これまで経験したことのない、極めて水準の低い人々と、四年間、暮らさねばならなくなる可能性もある。幼稚園でも、小学校でも、勿論中学校、高等学校でも、経験したことのない低質な集団と共に生きねばならないのだ。人間は、別に優秀でなければならないわけではない。学力などなくとも、立派な人間はいくらもいる。学問がすべてではない。しかし、私立中学に学び、高等学校に学ぶ以上、大いに努力して、少しでも学習条件の良いところで学ぶ方が、君自身の人間的、学問的成長に資する事は、確実だ。
 自分の可能性に自信を持て。現在の学力に関係なく、君は確実に大成できる。
 大切なのは、自学自習の姿勢を確立する事だが、それも、割合簡単に取得できる。
 どうやって学ぶか。これが簡単ではない。矢張り、先輩や指導者、教師の助言が必要になるかも知れない。その点は、担任に相談するのが一番良い。校長室を訪れてくれても良い。自ら進んで、主体的、積極的に指導を求めることが大切だ。
 世界史の先生に教えられたが、世界史は、フランス革命以降から出題されるのが七割だそうである。日本史なら、関ヶ原の戦い以降ということになろうか。この範囲を、繰り返し繰り返し読み、かつ考えるのがよい。十回も読んだら、カードやサブノートにまとめて見るのも良いだろう。これは、中学一年生や、高校に入学した直後から積み上げて行くのが良い。世界史に関する面白そうな本を四、五冊買いためて、読んでみるのも良い。
 英語は大学入試の「二百三高地」である。でも、この克服は簡単だ。中学生にも関係があるから、しっかり読んで欲しい。
 高等学校のリーダーCROWNにはⅠ、Ⅱ、Ⅲの三冊がある。その中にⅠとⅡにはGrammarがある。だが、これがⅢにはないのだ。面白いね。つまりGrammarはⅠとⅡ、それぞれ10ページずつ、合計20ページで、英文法の基本的事項は尽くされてしまっているのだ。尽くされてしまっているからⅢには、これがない。ある意味でⅢは、「読み物」として構成されているとも言えるだろう。
 この20ページを、熟読、熟考、「眼光紙背に徹す」の構えで勉強すれば、英文法に分からないことはないことになる。私は、これをノートの左端に英文、右端に和文を書いて、暗誦すること、和文を見て英文を書き、和文を見て英文を朗唱することを繰り返せば、諸君の英語の底力は、ぐんと伸びると主張している。
 今ひとつ、センター試験も大学入試も、CROWNのⅠ、Ⅱさえ完璧にやれば、原理的には満点を獲得できる。入学試験でも、満点かどうかはともかく、確実に入試に合格できると確信している。
 中学生は、教科書を学ぶと共に、高校の分も先取りして学ぶと良い。
 余力があれば、中央図書館にも中学生専用図書館にも、比較的平易な英語の読み物が千冊以上用意されている。その中の、自分に相応しい物に目を通すと良い。電車の中で「原書」を読んでいたりしたら、かっこいいぞ。

科学的態度で健康を守れ
 肉 魚 野菜 果物を、バランス良く食べる事が大切だ。
 睡眠不足は万病の元、熟睡は日中の運動から生まれる。学校まで徒歩で通うというのは、何よりの健康法になる。
 風邪は万病の元、睡眠不足は風邪の最大の原因になる。
 部屋に陽光を導き込むことは何より大切。私は、寝室の窓は、必ずカーテンを開け、太陽が室内深くまで照らしてくれるよう努力している。校長室も同様だ。
 意外に忘れられやすいのは、湿度の維持である。状況によっては、加湿器を用いるのがよい。噴霧式の加湿器は駄目。カビが発生する。沸騰した湯気を吐き出すものが良い。私は、これを居間にも寝室にも用意し、メーターで、その日の湿度に神経質なくらい気を配っている。
 風呂上がりには、肘から先、膝から下に冷水をかける。私が風邪で寝込んだりしないのは、そのためもあるのではないだろうか。

知らない言葉に出会ったら辞書を引け
 語彙が貧困な者は尊敬されない。他人から侮られる。知らない言葉、不確かな言葉に出会ったら、必ず辞書を引け。今は、広辞苑をかついで歩かなければならない時代ではない。電子辞書には、広辞苑、英和辞典どころか、百科事典までついている。トラック一台分くらいの「文献」を、ポケットや鞄に忍ばせることができる時代なのだ。スマホなどで下らぬ遊びに時を費やしているときではない。寸暇を惜しめ。常に自らを向上させる姿勢を失うな。
 私の高校時代には、「自己完成」という言葉が、若者すべてに強く意識されていた。君も、自らを向上させることに、強い関心を持て。人生は短く、自らを完成させる道は遠い。限りある人生、決して長くはない青春だ。自らに厳しく学び続けよ。
 学習方法、読書方法については、いつでも私の所に相談に来て欲しい。

平成29年4月 336号
平成29年度入学式辞(要旨)

 入学おめでとう。
 高等部406人 中等部47人それぞれ難関を突破しての合格 入学を心から歓迎する。
 中等部は定数80人を下回る人数だが、今年は選考基準が六割を超えるという基準であったため、集まってくれた俊才の半数のみが合格できるという厳しい基準だったためである。
 高等部は、歴史と伝統が確立している中で、定数400を超える入学者となった。共に難関を突破してのご入学に心から敬意を表したい。中等部はこれからの六年間、高等部は大学入試を控えての三年間を、この学舎で過ごす事になる。人生で最も大切で思い出深い期間を、諸君と共に過ごす事ができる。我々教職員は、誇りと責任感を持って、諸君との学園生活を充実させて行きたいと思う。
 先ずスマホに支配されることのない学園生活を送って貰いたい。スマホのゲームに時を過ごすなどは論外である。スマホによる対話すら、極力、自粛して貰いたい。スマホの向こう側にいるのは、立派な人物であるとしても、ごく普通の人々である。教師と言えども、その例外ではない。
 活字を媒介として先哲と交われ。それが、入学劈頭、私が諸君に強くお願いしたいことである。
 読書とは、寂しい時に孤独を慰め、人生に迷ったときには、進むべき道をしっかりと示してくれるものだ。嫌になったらぱっと別れられるではないか。私が尊敬する菊池寛は、「文芸は、実人生の地理歴史」と語っている。生きる上で、最高の先生は活字なのだ。片々たる俗悪テレビなどに毒されてはならない。
 友情は美しいものではあるが、友情に頼り切ってはならぬ。深みのある孤独は、なまなかな友情に勝ると知れ。

 私は難関入試に合格して中学校に入学したとき、友人が一人もいなかった。校歌の一節に、「稲田につきの青き夕 友よ睦みて語らわん」という一節があった。夕方、二階の窓から外を見ながら、校歌を歌っていて、その一節まで来たときに、泣いていたものである。
 しかし、孤独を恐れるな。空に雲が流れ、風が木々の葉を揺すり、夜には天の川が広がる。人生は、それだけで生きるに値する。しかし、友は必ず現れるものである。友を獲得する上で一番大切なのは、自分以上に相手を大切にすること、もうひとつは、相手の求めや願いを受け入れられないときは、拒否の意思をはっきりと示すことである。寂しい時には教師を訪ねると良い。校長室にも来てくれると嬉しい。
 語学研修 修学旅行等で、外国に出ることも多い。イスラムゲリラの破壊活動が続き、高等部でも、フランス、イギリスへの旅行は難しくなった。安全なニュージーランド、ハワイ等を検討しているが、このような世界秩序の混乱は悲しいことである。
 しかし、恐れてはならない。諸君に確信を持って伝えておくが、ゲリラが正規軍に勝つ事は絶対にない。パレスティナ問題自身が、白人列強のエゴイズムから生まれたものなのであるが、これは入学後世界史の勉強で、しっかり研究して貰いたい。シリアのテロ集団は必ず覆滅するし、世界には再び安定した時代が戻ってくる。尖閣諸島に対する領土的野心を抱く近隣大国、朝鮮半島の軍事的圧力等も、世界の良識の中で必ず解決されるであろう。北方領土は千島樺太交換条約で獲得された日本固有の領土である。たとえ千年かかろうと、断じて取り返さなければならぬ。寸土を奪われて怒る事を知らぬ民族は、やがて本土をも失うのである。
 諸君は、将来確実に偉くなるであろうが、学問は己一人のためのものではない。その知性と力量は、国家、国民のために生かして行かなければならないのである。
 学校を休むな。朝起きて、「今日は行きたくないな」と思う日もあるかも知れぬが、それが、自己内面の弱さとの戦いである。怠け心を振り切って、学校へ向かわなければならぬ。三年間皆勤、六年間皆勤、これ以上に素晴らしい事は、世の中にはない。頑張ってくれ。
 本日のご来賓の皆様が、ご多忙の中式典に参加して下さった事を深く感謝申し上げる。
 保護者の皆様、お子様は確かにお預かりした。三年後、六年後に、見事に成長した姿でお返しすることをお約束する。
 学校は大組織であり、時にご迷惑をおかけすることもあるかも知れぬ。ご寛恕賜り、よろしくご協力下さる事をお願い申し上げる。
 また、五月頃になると思うが、PTA 後援会等の役員選出にも、よろしくご協力下さる事をお願い申し上げる。
 新入生諸君、自らに厳しく、己の可能性を最大限に活用するため、苦労を惜しまず闘い抜け。人間に生まれついての能力差などないのだ。

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