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図書紹介

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あらすじで読む日本の名著 

あらすじで読む日本の名著
あらすじで読む日本の名著 私たちは言語で考え、言語で伝え、言語を通じて理解しあう。その言語という単一の素材だけで紡(つむ)ぎあげたのが文学作品であり、その意味で、文学は普遍的にすべての事象の根源をなすものである。
 しかし、現代の高校生に、文学は重要な分野なのであるから「文学に親しめ」と、どれほど強調しても、そのおもしろさに引き込まれて読みふけるというところまでもっていくのはむずかしい。
 そこで、私は、日本文学の名作鳥瞰図(ちょうかんず)とも呼べるような「あらすじもの」をつくれば、高校生もそのおもしろさ、思想的深さを垣間(かいま)見て、原作を読んでみたいという気持ちになるのではないかと考えた。たとえ、原作にあたることができないとしても、名作はあらすじに触れただけでも、人の心に消し去りがたい刻印を残すものである。−「はじめに」より−

 本書は、以上のような思いを抱く小川義男校長の呼びかけに、狭山ケ丘高等学校の教職員が自ら心に残る文学作品のあらすじを書き上げ、それを国語担当の山田君代、大坂豊子両教諭が整理してまとめたものです。本校の生徒はもとより、全国の高校生あるいは社会人で、今まで文学作品にあまり縁がなかったという方々に、名作鳥瞰図として親しんでもらおうと編集されています。(全国書店にて好評発売中) 小川義男編著 中経出版¥1000(税別)
<収録作品>
『浮雲』『金色夜叉』『五重塔』『たけくらべ』『高野聖』『不如帰』『高瀬舟』『彼岸過迄』『蒲団』『牛肉と馬鈴薯』『野菊の墓』『土』『友情』『暗夜行路』『恩讐の彼方に』『奉教人の死』『女の一生』『蟹工船』『機械』『雪国』『春琴抄』『黒い雨』『風立ちぬ』『李陵』『斜陽』『放浪記』『金閣寺』『野火』

あらすじで読む日本の名著2 

あらすじで読む日本の名著2
あらすじで読む日本の名著2 物心ついてから、人が読書に充てられる時間数に限りがある。「生涯読書時間数」というのも妙な言葉だが、人がその生涯に、読書に費やせる時間の総量は二万時間くらいなのではないかと思う。人にもよろうが、とても世界文学の、名作全体に目を通せる時間ではない。 その意味で、世界文学についてこそ、「あらすじ」が、大切になってくるのではないだろうか。 文学作品を「あらすじ」にまとめることについては、「インスタント文化」とか、「軽薄短小」その他さまざまなご意見がある。天才の作品を、凡人が短くまとめるのであるから、もともと空恐ろしい話である。しかし、「インスタント文化」などと笑いゆとりもないほど、本離れ傾向の克服は、深刻な課題だと思うのである。
−「はじめに」−より
<収録作品>
『異邦人』『武器よさらば』『魔の山』『デミアン』『変身』『狭き門』『どん底』『居酒屋』『戦争と平和』『アンクル・トムの小屋』『緋文字』『ジェーン・エア』『三銃士』『検察官』『ゴリオ爺さん』『赤と黒』『ファウスト』『失楽園』『神曲』『水滸伝』『マクベス』『三国志演義』

あらすじで読む日本の名著3 

あらすじで読む日本の名著3
あらすじで読む日本の名著3 よい文学作品は、よい友人に似て、人生の伴侶である。よい文学作品との出会いは、胸の底にゆっくりと下りてゆき、時間をかけて熟成する。それは、自分も気づかぬ深いところで、自分の人生をゆるやかに方向づけていくかもしれない。
   しかし、よい文学作品とよい友人とは決定的な違いがある。それは、友人は成長とともに変わっていくが、文学作品は決して変わらないということだ。書庫の奥深くで埃をかぶったままであっても、自分の思想を頑固に守り、自分の輝きを潔癖に宿し続けているのが文学作品なのである。その一徹な変わらなさが、読者に自身の変化を教える。−「はじめに」より−
<収録作品>
『にごりえ』『ヰタ・セクスアリス』『病牀六尺』『吾輩は猫である』『婦系図』『武蔵野』『墨東綺譚』『城の崎にて』『子をつれて』『或る女』『風の又三郎』『山月記』『細雪』『地獄変』『俊寛』『あにいもうと』『千羽鶴』『ビルマの竪琴』『富嶽百景』『桜の森の満開の下』『夏の花』『二十四の瞳』『焼跡のイエス』『小説智恵子抄』『仮面の告白』

あらすじで読む世界の名著1 

あらすじで読む世界の名著1
あらすじで読む世界の名著1  世界文学は」は「日本文学」にも増して、読書離れが著しい分野である。たとえば、トルストイの『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』、ヘミングウェーの『誰がために鐘は鳴る』、マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』などを原作で読んだ人に求めるのは、いささか無理なのかもしれない。その意味で、世界文学の名作こそ、あらすじにまとめ、読者の皆様に提供する必要があると思う。
   人々は、原作は読んでいなくとも、映画『アンナ・カレーニナ』に接して深く感銘し、トルストイに親しみを覚える。そして、いつかは、あの長大な原作に接してみたいと思うのである。その思いを果たすことは、なかなかむずかしい。だが、映画を通じてであろうとも、トルストイの思想を知り、彼に親しみを抱くならば、彼をまったく知らずに終わる人生に比し、それは「百倍」もまさっているのではないだろうか。映画も、じつは「あらすじ」にほかならない。−「はじめに」−より 
<収録作品>
『誰がために鐘は鳴る』『動物農場』『怒りの葡萄』『阿Q正伝』『車輪の下』『ジャン・クリストフ』『桜の園』『ドリアン・グレイの肖像』『女の一生』『アンナ・カレーニナ』『罪と罰』『レ・ミゼラブル』『はつ恋』『嵐が丘』『アッシャー家の崩壊』『若きウェルテルの悩み』『リヤ王』『ドン・キホーテ』『ガリア戦記』

あらすじで読む世界の名著2 

あらすじで読む世界の名著2
あらすじで読む日本の名著2 物心ついてから、人が読書に充てられる時間数に限りがある。「生涯読書時間数」というのも妙な言葉だが、人がその生涯に、読書に費やせる時間の総量は二万時間くらいなのではないかと思う。人にもよろうが、とても世界文学の、名作全体に目を通せる時間ではない。 その意味で、世界文学についてこそ、「あらすじ」が、大切になってくるのではないだろうか。 文学作品を「あらすじ」にまとめることについては、「インスタント文化」とか、「軽薄短小」その他さまざまなご意見がある。天才の作品を、凡人が短くまとめるのであるから、もともと空恐ろしい話である。しかし、「インスタント文化」などと笑いゆとりもないほど、本離れ傾向の克服は、深刻な課題だと思うのである。−「はじめに」−より
<収録作品>
『異邦人』『武器よさらば』『魔の山』『デミアン』『変身』『狭き門』『どん底』『居酒屋』『戦争と平和』『アンクル・トムの小屋』『緋文字』『ジェーン・エア』『三銃士』『検察官』『ゴリオ爺さん』『赤と黒』『ファウスト』『失楽園』『神曲』『>水滸伝』『マクベス』『三国志演義』

一冊で読む日本の名作童話 

一冊で読む日本の名作童話
一冊で読む日本の名作童話 最近の子どもはあまり本を読まなくなったと言われます。しかし、本書に登場するような童話に触れるならば、彼らは必ず、その素晴らしさに引きずり込まれていくにちがいありません。テレビやインターネット、その他さまざまな媒体が発達する今日ですが、我が国の名作童話の数々は、これらに決して負けることのない底力をもっていると私は信じています。これらの童話を読めば、今の子どもたちも、軽々と時代を飛び越えて、主人公と自分を重ね合わせることができると思います。−「はじめに」より−
<収録作品>
蜘蛛の糸(芥川龍之介)、二人の兄弟(島崎藤村)、納豆合戦(菊池寛)、一房の葡萄(有島武郎)、おもちゃの蝙蝠(佐藤春夫)、赤い葡萄を人魚(小川未明)、岡の家(鈴木三重吉)、ごん狐(新美南吉)、欲しくない指輪(徳永直)、金の海 銀の梅(坪田穣治)、泣いた赤おに(浜田廣介)、よだかの星(宮沢賢治)

カリスマ校長の”名作の感動”を子どもとじっくり味わう本 

カリスマ校長の”名作の感動”を子どもとじっくり味わう本
カリスマ校長の”名作の感動”を子どもとじっくり味わう本 保護者や学校の先生方が、ご一読して下されば、必ず、小、中、高等学校の子どもたちを本好きの子に育てる事ができる、そのような本にしたいと考えて、私はこの本を書いた。
 人間は話すときだけでなく、考えるときにも言葉を使う。人間は言葉で考えるのである。だから、言葉がなければ考えも存在できない。その意味で、言葉は人間性の拠り所だとも言えるのではないだろうか。
 ごく少数の言葉さえ覚えれば、日常の会話に不自由することはない。しかし、書き言葉の語彙は、話し言葉の百倍も豊かである。書き言葉は当然読み言葉でもあるわけだから、読書せずにこのような豊かな語彙を身につける事はできない。−「はじめに」より
 「本を読むのは好きだけど、後で感想文を書かされるから嫌だ」という声をしばしば聞かされる。感想文を書く事が読書嫌いを育ててしまったのでは元も子もない。(中略)意外に活用されていないのは「要約」である。これは読書力、国語力をつけさせるためのひとつの手法なのだが、課題として与えられた作品を一定の字数に要約させるのである。読みも深まるし、文章力もつく。子どもたちも初めから「楽しい読書」ではなく勉強と割り切っているから、思ったほどには嫌がらないのである。−本文より要約−

「急所」読む中国の古典 

「急所」読む中国の古典
「急所」読む中国の古典 原作に触れることも大切であるが、量の膨大さから考え、全部読むのは容易な業ではない。せめて「あらすじ」だけでも読んでいただき、文学全体に対する「鳥瞰図」を頭に入れたうえで、適宜、好みの原作に入っていただきたいというのが、私の願いである。
 中国の古典は、歴史の古さにおいても、量、質の高さにおいても、世界一と評して差し支えないものたと私は思う。
 本書は、中国の古典すべてを網羅するものではないが、もっとも知られた作品を「あらすじ」にまとめ、私なりにコメントを付することによって、少しでも多くの方々が、中国の古典に触れるきっかけにしていただければと願って、まとめたものである。一人でも多くの方が、本書を活用して下さるようにお願い申し上げる。−「はじめに」より−
 「社会人ならこれだけは読んでほしい」不朽の名作。
史記、三国志、水滸伝・・・膨大な文献から「あらすじ」を知り、「急所」を学ぶ。
<収録作品>
本書に登場するエピソード『酒池肉林』『笑わない女』『管ぽうの交わり』『宗襄の仁』『放浪の覇者』『臥薪嘗胆』『孫子の兵法』『商鞅の改革』『先従隗始』『刎頸の友』『鶏鳴狗盗』『奇貨居くべし』『始皇帝の刺客』『貧財将軍』『背水の陣』『四面楚歌』『狡兎死して良狗煮られる』『猛女の復讐』−以上「史記より」-

二時間目国語 

二時間目国語
二時間目国語 生徒たちは、新しい国語の教科書を手に入れると、早速自分の気に入った作家の文章を見つけて読みふける。何の科目であれ、生徒たちにとり新しい教科書には、夢がぎっしり詰まっているのだが、国語の教科書は、特に強く彼らを惹きつけるようである。−「あとがき」より-
<収録作品>
『朝のリレー』『スーホの白い馬』『トロッコ』『スイミー』『春の歌』『注文の多い料理店』『かわいそうなぞう』『高瀬舟』『永訣の朝』『おみやげ』『レモン哀歌』『最後の授業』『初恋』『屋根の上のサワン』『蠅』『野ばら』『山月記』『汚れちまった悲しみに・・・』『ごん狐』『こころ』『生きる』

「親ばか」「教師ばか」が「素直な子」を育てる 

「親ばか」「教師ばか」が「素直な子」を育てる
「親ばか」「教師ばか」が「素直な子」を育てる 十分に愛された子どもは、日なたに干された布団が夜はほのぼのと人を温めるように「愛の放射線」を放散する。目上の人の言葉や指導には忠実に従おうとする素直さや尊敬心を「子どもの心に」育てておくことが大切なのである。これを権力に盲従する人間の育成などと否定する傾向もあるが、私がそのような人間に言いたい言葉はこうである。バカヤロー!−本文より−

学校崩壊なんかさせるか! 

学校崩壊なんかさせるか!
学校崩壊なんかさせるか! なぜ「普通の子がキレる」ようになったのであろうか。さまざまな理由が考えられるが、キレても本人に「実害」が及ばないという最近の世相は、その大きな原因なのではあるまいか。常軌を逸した言動に移ろうとするとき、人は誰しも後先を考える。しかし、何をやっても叱られず、罰せられることもないという最近の世相や学校事情が、キレる瞬間の思慮、抑制を子供から奪っていると思うのである。
 また、常軌を逸した行動をとった場合も、マスメディアがこれを厳しく避難することはない。「何が彼をそうさせたか」という形で、責任を学校、社会、国家に転嫁するのが常である・・・・。
 いずれもすべて育てる側の問題であって、子供の「本質的変化」などではない。学校崩壊などという過激な言葉が語られるが、それは教師の指導姿勢の崩壊、親の指導姿勢の崩壊に過ぎないと私は思うのである。−「はじめに」より−

気品のある生き方 

気品のある生き方
気品のある生き方 誰にも愛する人がいる。それは我が子であるかもしれないし、親であるかもしれない。その愛する者に危害が加えられようとするとき、人は自らの命の危険を忘れて戦うであろう。人は利己的に生きているように見えて、実は自分のためではなく、愛する者のために生きている。それが人間の本当の姿なのではないだろうか。−「はじめに」より−祥伝社発行

子ども家畜論 

子ども家畜論
子ども家畜論<なぜ「子どもは家畜」なのか>
 低学年のころまでは、できるだけ子どもを動物本来の姿に戻らせてあげるのがいい。それも、のびやかさを持った「健全な獣」でなくてなはらない。「健全な獣」とは、野生から人間社会と共生し、他者にかわいがられ役立つように育てられた獣である。誤解を恐れずに言うならば、「家畜」だ。
 「家畜」は野生のものに比べれば自立性が低い。人の手が多くかかる。
子どもとはそのような生き物なのだ。−本文より−祥伝社発行

名物校長の教育論 

名物校長の教育論
名物校長の教育論 本書で私が述べたかったことは、我が国を強力な平和国家として存立させ続けるだけの教育力を回復させたいとの一念に尽きる。アメリカの大統領も交代する折から、我々は、我々自身の手で教育を活性化し、我が国境線を健全に維持することに、もっと真剣にならなくてはならないのではあるまいか。 −おわりにより−明成社発行

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